2021年1月3日日曜日

75 「大事なことはすぐに忘れろ」論

2021年1月2日(土) 晴れ

仕事柄というのか。
「人が失敗する様」「人が学ぶ様」を大変よく目の当たりにする。それに対して介入していく仕事なのだから、当然だ。加えて、失敗が起こる課題の難易度も、ごく簡単なものから大変に難しいものまでかなり幅広い。(並んで、「他人に伝える」「他人を説得する」「他人を鼓舞する」「他人に好かれる」などの体験も得られる。)

であるからして。
「人はどんなに小さな課題でもほぼ必ず失敗できる」という信念が強まる。さらに、「失敗からは学ぶべきことがある」という思いを持っていれば、たいへんきめ細かく成長できる。
そして、同僚らのエラーにも、この学習が適用できる。その一つが表題の「大事なことはすぐに忘れろ」論になる。

逆説的な響きが面白い。普通なら「大事だから頭に叩き込め」となる。このフレーズはつまり「記憶しろ」と言っている。逆に、「すぐに忘れろ」の言うことは、「記憶するな」だ。なぜなら、人の作業が入ると失敗が起こり得るという信念があるから、記憶に任せてはならない。しかし当然仕事は遂行せねばならないので、この言葉の本意は「忘れてもワークする状態にしろ」となる

もちろん、記憶しておいた方が良い情報も多いし、よく使う情報は自然と憶えるものだが、憶えずに済むならわざわざ憶えない方が良いと思う。また、大事な情報ほど、記憶が新鮮な内に記録かつ共有をすべきなのは間違いない。

では、忘れても良い状態にするにはどうすればよいか。具体策として「すぐに完了させる」「備忘録=メモを取る」「他人に任せる」「断る」などという、よくある話に落ち着く。そう、よくあることだし、どれもかなり有効なのだが…「すぐやる人が成功する」「メモの力」「頼る技術」「断る勇気」などと題されて、バラバラに説かれることが多い。バラバラであるほど「適用する場合」を考えなければならないが、繰り返し述べてきているように、「場合による」は無視されて語られることがとても多い。これらの行動の基になる一つの言葉が「すぐ忘れろ」なのだ

類似のフレーズとして「自分で考えるな」などが考えられるが、面白いアイデアというのは、大抵逆さにすれば量産できるものだ。


ところが。
どういうわけなのか。職場で最も記憶力の高い私が最も多く情報を記録して、最も記憶力の低い職員は最も記録をしない。こんな非効率なことがあろうか。。★☆★

 Les feuilles: samples ample、信念曲げまして

2020年5月13日水曜日

74 知のあり方についてのイメージ図

2020年5月13日(水) 晴れ

知についての基本的なイメージを俯瞰的な図として示す。



■表現方法について
 高い能力をもって文字で説明すれば正確性は勝るものの、高い能力をもって読まれ、広く結び付けられなければ価値は低い。また、不要に難解となる場合も多く、コストがかかる「正規品」のようなものだ。
 視覚的に具体例を示すことで、「現在の自分に近いもの」としてたやすく認知できる。問題としては、高い言語能力をもった機械が認識し難いことか。

■内容について
 知についてはずっと変わらないイメージだけど、気分が向いて描いただけだからあまり丁寧ではない。理解したければさらに具体例を自分で考えるべき。
 ここにまとめていない要素としては、①「宇宙際」的な考え方と、②根が交わる(無限遠においては等しくなる)考え方。気が向いたら追記するのかも知れない。
どう活用するかという示唆を付した点が浅瀬に寄っている感★☆★

Other Themes: 宇宙、幾何学

2020年4月16日木曜日

めも

あえて下書きにはしない。これをパブリックコミットメントという。

・私の能力、自分の特異さ、半生についてのデータ、やりたいこと、理想郷、思考テーマ
・正しいこと、論理

・忘れる能力。覚えるのも速い。引き出しの例え。

・大きな物の一部という理解 図形、理論、現象学
・いま、ここ、おれ
・注意力と頭痛、腰痛
・テトリスと人生

・「SAVE」(保存、承認、安全、確保、、抑制)
・「脳感覚」 …血流や活動の感覚。
・「衝動力」 …意志力とは対。
・「左右差の科学」 …タイヒミューラー的な。
・「QUESTION」(疑問、質問、好奇)Questionist, Questioner, inquierist、ページをまとめる。惜しまない。
・「知識の卸売」 …コネクトの仕事。最近はマッチングっていうのか。その他卸売について。
・算数の先生の台詞、睡眠への疑問の無さ、「Curious」、ガザニガの疑問、東大生の課題、、、
・知の歴史をたどれば、凡そ発展途上であることの理解。→「解明され尽くした」は幼子の誤解。ギリシャと変わらぬ現代。
・音楽と科学の両方に取り組んだ偉人が少ない件。読書と読譜、実践の例え。

思想の表整理
科学→個々の思想、の順で知に触れる方が深く理解、記憶、比較可。


Q.
・ゲーム世代の音感について リズム感と音感の話
・論文は無料で見られるのに本はお金がかかる?内容を公開したらだめ?図書館?
・室内の窒息→A.建築でクリア
・右利き→A.左脳という通説

2020年4月5日日曜日

73 「科学的根拠が無い」論の不明さについて

2020年4月5日(日) 雨と晴れ

前項の血液型についての話が長かったのでこちらに分けた。

「科学的根拠が無い」という慣用句を暗唱して高い所から一蹴する人々が大変多いが、この句が示すことはせいぜい「科学を信じる人にとって」「真実とは限らない」ということで、否定にはなっていない。否定とは「偽である」ことを証明するのだから、意味のある情報で、それこそ根拠が必要だ。

「真実とは限らない」ということは、真偽については新事実を一切示しておらず、真偽値0から1まで全ての可能性の幅を保持させている。これを「偽である」と誤認するのは未就学児くらいであってほしい。
 その中でも限りなく真に近い例としては、数学の「予想」などのように、論理的に証明はできていないだけでほぼ間違いないとされる命題だ。自然科学でも、観測はされているが、「その正体はいまだ謎に包まれており、現代の科学ではほとんど解明されていない」まま、表面の現象だけ技術として利用されることも沢山ある。日常の中でも、科学的な実験がされなくても「たぶん正しい」ことは無数にある
 「根拠が無い」ことは文字通りプラスでもマイナスでもない。無いなら探すのが科学だろう。

「科学的根拠が無い」という句が本当に否定し得る、つまりこの句と矛盾するのは、もちろん「科学的根拠がある」とされる命題だ。そういう「偽科学」に対して、否定を主張することは正しい。それでも、事象そのものの否定はやはり別の話だ。もし手相占いに科学的根拠が無いと否定しても、事実として手相と人生に相関が無いかどうかはまた別だ。



とはいえ…。そもそも科学において何を「根拠」「証明」とするかについては幅がある。当然、科学は帰納的な手法でしかあり得ないので、基本的には「解明」されずとも追実験によって「再現」されればよしとされる
 では「科学的根拠が無い」という慣用句はどの立場で言っているのだろうか。「実験はしているが再現性が無い」つまりほぼ誤りらしいとも取れるし、「単に実験データが無い」とも聞こえる。人によっては何の科学的根拠も無く言ってる気もする。なぜ科学についての話がこんなに分かりにくいのかも分からない。
 せめて「科学的に否定されている」と言ってもらえれば納得するのだが、、まあ知識が無いのかな★☆★

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2020年4月3日金曜日

72 血液型と世界観の関係について

2020年4月2日(木)曇

思い立ったので血液型について10年ほど考えていた自論をまとめる。
結論はごく簡明。

−−−−−−−−−−
血液型によって、「世界観」が異なる。
・A型 …神が世界。
・B型 …自分が世界。
・O型 …他人が世界。
・AB型 …A型とB型の世界観をスイッチする。たぶん。
−−−−−−−−−−

私の経験および観察と、俗に言われる血液型性格診断などの特徴を統合した結論が以上の短い言葉だ。完全に私の思想であり、出典などは無い。
やや詳しく説明する。

・A型 …世の中の大多数がよしとする規範だったり、よく言われる定式などを正しさの基準とする。いわば巨大で実態の無い「神」を信じ、神が作った固く抽象的な枠組みの中で行動するため、柔軟性は低い。やや男性的。「やるべき⇒やる」思考。
・B型 …自分の思考や感覚そのものが世界である。「やりたい⇒やる」ことが正義。「自分が」相手を友達と思っていれば「相手が」自分を友達と思っているかは関係無い。男性的な脳の使い方に近い。
・O型 …他人の考えや周囲の状況の中により快い解がある。複雑で変化する状況に応じて、価値が変わる、不定型。基本としては、自分単体の精神がゼロベクトルのため、「別に。」と言い、他人に「どうする?」と問いやすい。女性的な脳の使い方に近い。
・AB型 …正直サンプルが少な過ぎてよく知らないが、A型とB型の要素をあわせ持つのだと思う。


科学的には、体中を巡る血液の型が異なり、罹りやすい病気が異なったりするらしい。それ以上のことは知らないが、簡易な実験では子どもでも「行動」に大きな差は出るようだ。「性格」というときな臭いが、血液の違いによって、脳の成長や内臓の機能、思考や行動に影響が出るとしても何も疑わしくない

−−−−−−−−−−

以下、よくある反論などについて考える。

■「A型のイメージによってA型っぽくなる」説

つまり、社会的な像に自分を合わせにいくことで性格にも差が出るのだ、という社会的要因説。それ自体は心理学的に正しい。しかし生理的要因の否定にはなっていない。また、この説は要因に目を向けているので、「血液型によって性格に差が出る」という結果は認めていがち。

■「人間をたった4つのタイプに分類できる訳が無い」論

この呪文を嬉々と詠唱すれば、周囲を赤面させることができる。傾向という概念を知らないのか。血液型という1つの要素によって全ての性格が決定すると思っているのだろうか。無論、森羅万象は複数の要素が複合して動いている。

■「海外には血液型占いなんか無い」論

日本では、4つの血液型の人口がほどよくバラけているから占いとして楽しめるが、外国では、国民の8割が同じ血液型である所もある。そうすると、その国民のほとんどが同じような性格の持ち主となってしまう。そんなことはあるまい、という主張だ。
しかし、もしある国の大多数の国民が同じ血液型の持ち主で、みな性格に同様の方向付けをされているとして、「それはあり得ない」と結論できるだろうか。我々は「国民性」や「地域性」という考え方については当たり前に認めている。風土や歴史や遺伝子によって、ある集団が似たような志向や健康状態を持ち得るなら、血液型がその要因の一つになっても疑問は無い

■「血液型占いには科学的根拠が無い」論

長いし汎用性あるから次の投稿に書くわ。
言いたいことは、「根拠が無い」は否定ではないということ★☆★


Les feuilles: (不毛な)○○を生す
Other Themes:より広範な理論を探す能力

2020年1月21日火曜日

71 ピクロスの曲をアレンジしての雑感

2020年1月20日(月)

 曲を作ってYouTubeにうpした。ゲームボーイソフト「マリオのピクロス」の曲をアレンジしたもの。作曲者をネットで調べたら、上野敏幸さん。作品のサイトにスタッフを書くべきだと思うんだよな。曲調としてはバロックだが、テトリスや「太陽の光はいつだって」のような民俗的な感じを入れた。

 近いメロディーでも聞こえた時だったか、ふと「ふわふわした曲あったな」と思い出したことと、どうにもそれが「不思議なもの」だったという感覚による好奇心がきっかけだ。
 しかし、幼い当時は、「不思議な感情」⇒「嫌い」だった。小説の読後感とか、理解できなくて何となく不安を感じるものは、「存在しない」ことにしていた。法律上は霊的なものは存在しないのに似ている。あるいは乳児にとって苦味を毒と認識するのにも似ている。この曲も取り留めの無さが好きではなく、マーチのような土着的とでも言うような分かりやすさを好む子どもだった。

 今は、不思議に対しては恐怖より好奇が優性だ。そして、情報があまりにも手近になり、行動につながりやすい。作業が完了するまで、2日間しかかかっていないことからも、いかに現代が便利な世界かが分かる。
・タイトルが分かれば、共有サイトにアクセスして曲が聴ける。
・音があれば、耳と脳が頑張って音名に変換して楽譜が作れる。
・楽譜があれば、DAWで各々の楽器に演奏させることができる。
 凡そ、長い時間をかけて科学技術と私の能力が進歩したことで実現したのだ。子どもの頃、GBを片手にピアノに向かった思い出が恥ずかしく、虚しく見える。
 演奏なんて生の方が良いだろうと言うだろうか。ではここまで完璧な演奏を誰ができるのか。DAWには遥かな利点が満載だ。

 というのも、作り始めて気づいたのだが、なんとこの曲は一般的な曲と比べて、全ての音が50セントズレている。半音の半音、つまり4分音に移調されている。中間だから、高いとも低いとも、変ハ長調とも嬰ロ長調ともつかない。それでも、DAWにかかればピアノの調律まで一瞬でできる。

 4分音だけで作るという発想にも驚いたが、もしかして自分が感じていた不思議な感じもここに一因があるのでは、と思い至る。もう一つ、もしかして、他にも一般的な音楽とはピッチが違う曲がレトロゲームには多いのではないか?だとしたら、ゲーム世代の音感はズレているのでは?あるいはものすごく柔軟なのでは?絶対音感のある人はゲームに辟易としているのだろうか?自分はリズム感に対して音感が良くなかったり、電子ピアノのピッチを変えて遊ぶのが好きだったりするのはここに一因があるのかも知れない。そんな次の好奇心が生えている。

 もともと、なぜ音が12個に分かれているのかは甚だ疑問だった。太陰暦のように13でも良かろう。虹のように国によって違っても良かろう。今は、人間の能力に最もマッチしていたのが12個だったのだろうと理解している。音楽家にとって、12個以外の音を平等に扱うのは極めて難題なのだろうとは思うが、いずれ凌駕しては懐古する時代も来るのだろう。

 4分音だけでできた曲について考えると、全てが歪んだ世界なので、現実にはあり得ないファンタジーというか、文字通りのパラレルワールドのような感覚が得られ得る。また、こちらに慣れると現実の方が歪んで見えてくる。ヒプノディスクを凝視していると、現実の静止しているものが歪んで見えることに似ている。さしずめ、ヒプノトーンとでも言えるだろうか。既にそういうものは無いのだろうか。

連休中の不用心な好奇心に苦笑い★☆★

Les feuilles:アキレスはキレるとヤバい、長フロー
Other Themes:4分音の世界、ゲーム世代の音感、ヒプノトーン

2020年1月18日土曜日

70 情報の発信は整然としていなくてよい旨

2020年1月15日(水) 初雨

引き続き、書くことについて書く。「本を読む本」に近い響きだ。
だいぶ間が空いてしまったのに再び書くことが全くためらわれない自分の鈍感さに感動する。今書きたいから書くのだが、客観的にも問題が無いと判断をした。

 我々は日に日に、直線的に寄り道なしで個々の情報にありつくようになった。頭に浮かんだ思想に対して、アラカルトのように、周辺との連続性にとらわれずに情報を入手できる。
 音楽はCDではなく、1曲単位でダウンロードする。電子辞書やWikipediaで知りたい言葉を一回で知り当てる。それでは周辺の情報が入ってこなくなるという批判もあるが、事実として、情報同士の連続性や関連性を省いた検索方法が増している。空間に情報の点が存在していれば事足りる。
 だから。同じ話題に長い時間が空いても、複数の話題が短い時間に林立しても、情報の引き手には何ら問題無い。辞書のように整然と並べなくても、気の隨に情報を生み落とせば、脈絡は利用者が勝手に編める。電子的な情報の遥かな強みは、容量と、正確な検索能力だ。そういうわけで、長い時間が空いて話を続けても問題無いという判断となった。そもそも定期的な読者などいなかった。

−−−−−−−−−−

 このアラカルト方式の善悪については判断しかねる。むしろ、情報が作者の意図を伴うパッケージではなく、方向の無い点のまま見ることができるなら、各々が新鮮な解釈を楽しむような潮流が起こるのではという期待も大きい。余談だが、子どもに星座を自由に結ばせるような教材があったら楽しいと思っている。

 長い時間が空いてもよいと言ったが、むしろ近年では、回顧がブームになっている感じがする。自身が体験することと、時間を空けることがそろって初めて得られる贅沢な楽しみだ。考えてみれば、音楽のモチーフにしても、マンガのキャラクターにしても、お笑いのネタにしても、忘れた頃に再登場することへの無条件の喜びのような気持ちは、どういうメカニズムなのか、大変に興味がある。記憶というよりも、忘却についての神秘を感じる★☆★

Les feuilles:
ありつく、知り当てる、引き手(情報を検索する者)
Other Themes: 
星座結び、忘れた頃に再登場

2020年1月15日水曜日

69 情報の保存の仕方について

2020年1月14日(火) 晴れ

さて
少々間があったが、書くことを続けてみる。

 言いたいことが雪崩れる程あって困っている。情報が多過ぎて上手に整理できず、有意な形を取れなくなりそうだからだ。

 そこで、形式をより柔軟にする。慣習に倣わず、より正しいと思われる形を採る。
要は、本の章のように、パッケージとして1つ1つの話題と結論を記していくことを捨てる。分量、結論、不変性、連続性などを持たなくてよい。正確性の強度も高くなくてよいが、できる範囲で正確に書く。
 このルールで情報を記録していくことにする。筆を止めることを止める策として、「後で編集可能」だから「リスク無しでとりあえず行動する」モードにするということだ。よくある話。

 一方で自由には危険が伴う。例えばツイッターのように字数制限があれば、そこに「合わせにいきたくなる」ことがある。字数制限などの「形式」があることで、行動へのモチベーションが発生し得るということだ。世のことごとは、制限を外して自由にする方が合理的と思われることがあるが、自由のためには都度自分で考えるという労働が必要となる。「自由」を扱うことは技能だと思う。大人になるにつれ、規範に則ることがいかに前頭葉の働きを節約して「合理的」であるかを自らに理解させることが普通だ。

 つまり、自由が危険となるのは、それを扱う能力とモチベーションが弱い場合。逆にそれらが充分な場合には、既存の枠組みは脱却すべき枷となる。要は、「場合によって使い分ける」が最適と思われる。ありふれた話。
 私もそうだが、物事を一辺倒で片付けたがる者は多い。「固定観念は悪」「型にはまるのは良くない」という観念自体が固定された形骸にしか思えない。学術的な研究でも、「場合による」ことを無視しているものが多過ぎる。

 さて、そんなルールを新設したものの、これは単に許容を広げただけで、結果的には今まで通りに書くことを助長するはずだ。逃げ道をセットする、敷居を下げるだけで、人は動くものだ★☆★

Les feuilles:
押して(副)、籤売りの少女、一辺倒(出所は毛沢東)
Other Themes:
合わせにいきたくなる心理、場合(前提条件)分け、賢い逃げ道の例

2013年10月10日木曜日

68 「ピアノシュラハト」宝塚行った。

2013年9月27日(金) あきはれ

例による。

9月21日、宝塚ベガ・ホールにて行われた「Pianoschlacht ベンヤミン・ヌス ピアノリサイタル 〜浜渦正志作品集〜」及び関係楽曲のレポート。基本的な情報は主催者のホームページなどを見てね。


〓開演に先立ち〓

9月16日にも東京の白寿ホールで同演目での演奏会が催されたが、予約分で満席という情報が出たために断念した。実際は当日券が数席出たうえに、台風が直撃したこともあって電話でのキャンセルと座席の譲渡など非常な対応がいくらか取られたようだがさておき。

朝の東京から昼の大阪、電車で清荒神駅へ着くと、すぐ目の前に宝塚ベガ・ホール。当日券買って列に並ぶ。気温30度の晴天の中、開場15分前で既にできていた行列が100人くらいに成長したところで開場。途中でチャリのおっさんが話しかけてきて、すごい列ですねって驚いてたから普段はこんな並ばないのかも知れない。見た限り、お客さんは3割〜5割がご高齢の方!驚きました。普段から年配の方が多いホールだそうな。

物販にもそのまま長蛇。「δ・ε・T_Comp1」のCDとスコア、「Sanzui」のスコアを買いましたが、「Sanzui」が収録されたヌスのセカンドアルバム「EXOTICA」は早々に完売してた。半分くらいこれ目当てだったのに!
スタッフにはMINAさんも紛れていて、目が合ったら笑顔で会釈してくれたから憶えてもらえてるのかしら。それともイメちゃんTシャツに会釈してたのかしら。

ホールはあまり大きくはないけど、パイプオルガンあり、シャンデリアみたいなのありの大変素敵な様式だった。開演まで、宝塚市文化財団のイメージキャラクターでゆるキャラグランプリ2013にも出場したらしい「たからん」が印刷されたクリアファイルをいただいたり、注いだだけで数百円のオレンジジュースをいただいたり、プログラムを読んだり。


13:30開演。
演奏中に「レラレッ♪」を鳴らす若者は絶えない。


〓ベンヤミン・ヌス〓

ベンヤミンの演奏は過去にコンサート「Legends」や「Distant Worlds」で間接的に聴いており、技巧的には申し分無いこと、ダイナミクスやノリも紛れもないプロであることは知っていた。いざ実際に音が耳に入ると…やはり申し分無い。

特筆したいのは、浜渦氏も強調するようにピアノ・フォルテの幅だ。オーケストラにも劣らないと思える大音響がピアノ一台で体験できることに衝撃を受けたかと思えば、わずか一瞬後には、過去のピアニストは表現しきれていなかった弱音を軽々と撫でていることに声が漏れそうになる。

ベンヤミンは15歳くらいから浜渦氏の音楽を聴き始めて、自らコピーしたり倣って作曲したりもするらしく、私達と同じ一人の大ファンとして10年近く浜渦氏の音楽を弾いていたそうだ。仕事だからとか有名な曲だからという理由は最初から無く、自分の感性に訴える音を奏でるということに一点の曇りも無い彼の演奏は、狂ったテンションやアルペジオでも決して投げやりにならず、個性たっぷりの和声やグルーブも自分のものにして歌いきっていた。作曲者は99%思った通りに弾いてくれると評価していた。

私が聴いた限りでは、少々のミスタッチはともかく、ややテンポが速過ぎて和声がぼやけたり、内声に埋もれた副旋律が聴こえにくいままだったりした部分も僅かにあったように思ったものの、強弱やテンポの微妙な揺れなどの呼吸感や和声のバランスは、今までに聴いた作曲者本人の演奏とほぼ同じだった。浜渦氏は仕事で関わったミュージシャンに対して、どんなに普段と違う音を鳴らされてもファンの前で悪く評価することは今まで一度も無く、よく完璧という言葉で称賛していた。それだけに、今度の99%とはむしろ彼の本当の声ではないかと僕は思う。

「襲撃」や「決戦」などではCDの黒田亜樹さんと随分違った弾き方で勉強になったが、欲を言うと「決戦」は今まで一度も演奏されていないSpecial Versionでもよかったと思う。それにしても23,4歳でデビューしたての彼が、尊敬する作曲家に曲を書いてもらった喜びやプレッシャーも大きかったのではないかしら。
てか日本語喋りすぎわろた。


〓宝塚ベガと浜渦氏〓

休憩時間はひたすら調律師さんがポロンポロン。前半は最高音の金属音が気になった。
終演後にホールの職員らしき方と10分くらいお話したんだけど、ピアノは4台持っててその日はスタインウェイで鍵盤が象牙でできているとか。近くには佐渡裕さんがよく使う4つホールを持ってる場所があるらしいけど、ベガは古くて小さくてもなにせ音響が良いから好んでわざわざ使うプロの演奏家もいるそうな。

それもそのはず、後半浜渦氏が語るには、かの偉大な「浜渦の父」浜渦章盛氏がこのホールの設計に携わっていた。その場所で自身の演奏会を開いただけではなく、正志少年と弘志少年をも乗せてよく歌わせていたというから人に歴史ありかな。今でも、宝塚市主催で海外からも参加を募る日本屈指の合唱コンクールはこのベガで行われている。
それにしてもさすが関西なのか、浜渦さんは普通に喋っているようで笑いの絶えないトークだった。IMERUATやモノトークとは違って若者受けはしなかったかも知れないが客層から考えても正解だったろう。


〓新曲など〓

■日本では初演?「Sanzui」日本をテーマにいろいろと主張した曲らしいけど、スケールの大きさと流れの速さについていけず、その場でメッセージは読みきれなかった。弾いてみると時に目まぐるしいほど表情豊かで構成もしっかりしていて頼もしい。

■現在全12曲の「エチュード」。いきなりCの連打やトリル地獄、終いには肘を使わせる自由な感じはさすがアホ奇才。熟年の狂った和声や大音響には声が胃から漏れそうになる。
エチュードはともかく、まとまった音源にしてスコアも出版した標題音楽「Sanzui」にさえAdditional Partを後から書く癖があるあたり、作曲者としての気持ちは察するものの、受け手は賛否両論かと思う。

■「δ」帰宅後もよく聴いてみたけど、本人が絶対音楽と言う通り、音が赴くまま、言えば弾き遊んだままの姿のような感じがよりいっそう強くなってるし、開離した和音さえ除けばどれもめちゃくちゃ弾きやすい。極度にストレートな表現も多ければ、極度におもろいことしたいっていう気持ちが出ている部分も感じられる。

■「ε」は今回演奏されなかったけど、CDの中では唯一標題音楽ということでかつて無いほどに透き通ってる。CD「δ・ε・T_Comp1」には「ε2」が収録されていないのが物凄く気がかり。

■「Mißgestalt」どうやるのかと思ったらなかなか破壊されてて「Feltschlacht」のソロが混ざったり原曲のピアノソロの部分はあまり聴かせどころになってなかったり。ただし原曲の要素も相まって、迫力はその日の演目の頂点。スタンディングオベーションで叫ぶ気持ちというかその衝動も大変よくわかる。

■アンコール「X01」最初は作曲者の精神を危ぶんだけど、プロが演奏してくれるとなるほどかわいくてウケて終演。

譜面に決定的なミスが無かったのは初めてかも知れない。
…と思ったけど、後に「Exotica」が手に入ってみたら「Ka」のラストにある単音が決定的に違った。えええぇ。


〓終演後〓

例によってサイン会。毎度よーやるな!ベンもよくペン持てるな。どうやら浜渦さんには顔憶えてもらえてたみたいで嬉しかったー。

また並んでる人を見てたら関東でよく見る顔も一個か二個あって恐れ入った。


清荒神の山の方に神社があるそうです。
近くにレストランとか無いのが悩みだそうです★☆★

2013年7月11日木曜日

67 「シアター・イメルア」「カフェ・イメルア」レポート

2013年7月11日(木) 曇暁

2013年7月6日(土)神楽坂セッションハウスにて、IMERUATによる「シアター・イメルア」「カフェ・イメルア」が催された。レポート。

慣例に倣ってライブのレポートを書くけれども、既にIMERUATの賑わいに鑑みて私の記事自体の価値はあまり大きくないと思うので、今後のことは様子を見て判断しようと思う。また、基本的な叙事はもはや重要ではないので私見や横の情報を多めに書く。

イベント事というと本来の意味からして祝日、あるいは日曜日というのが普通かつ大勢的だけど、逆に祝祭日こそがどう考えても休みが取れない人、つまり大きく見た場合の同業者もまた多い。土曜日の開催はありがたい。

僕も恐らく唯一仕事着のまま会場へ向かう。神楽坂は下旬の祭りの準備的な雰囲気で盛り上がっている。会場は駅からすぐ近く。外まで飛び出してトイレのドアを塞ぐ入場の列と物販の列が相変わらず合体していることに後から気づいて驚いた。さすがに完全に覚えている顔も多いが一般客側の名前は一人も知らない。

長い列を越えると自由席なので前は満席、後ろの方へ…と、招待客であるギタリストやコンポーザーの前を横切っていけど席は無し、熱さと闘いながらの立ち見になるも、シアターと名を打つだけあって映像とダンスが主役のイベントである上にMCが挟まれないまま本編は終了。

MINAさんの百貨店呼び出し嬢ボイスでのアナウンスは姿が見えないせいか会場では笑いが起きず、白熊と白狼、Giant、Improvisation、イメルア体操第4、おそうじ(仮)の5曲。白狼とおそうじははっきりした弦楽器の和声が大変美しかった。Impro.は文字通り演奏、ダンス、映像が即興だったらしいけれども目が見えない分にはよく分からず。イメルア体操は明るくなくて躍動感も無い、精神に訴える大変斬新な作品であると同時に浜渦氏としては最新だなと思わせる複雑でピアノ的な和音を多用していて大好きになった。あの音を一台で出せるのが驚き。

休憩の間に洗面所に行くとまた列。中から女性が出てきたり、使われていない個室があったり。観客全員の前を横切って見やすい移動すると、席が無いとスタッフが動いていた。真ん中の方でカバンだけを置いている客には目もくれずに席を追加、結局移動していない客は再び柱の後ろに残されたまま後半トーク開始。

立ち続ける客に気づかず、席が足りなかったことを申し出れば何か品を差し上げると真っ先に謝罪する浜渦正志氏。こういう気配りは成長しているのか元々備わっているのか、少数派の味方だなぁと組まれた脚を見ながら思った。後に分かることだが多くは申し出ていない。

軽く曲の紹介をした後でゲスト出演者を呼ぶ。出番が少なくてもにこやかで綺麗なパーカッショニストの寺田典子さんにインタビューしつつも自分が多めに喋るMINAさんや、映像を担当したスギモトトモユキさんに見せてもらったIMERUATとのメールや映像の素材の中で招待客の笑いを取るMINAさんなどなど。終わりが近づくと、友達と話してるかのように「今何時?」

「シアター・イメルア」の方は17時頃閉幕。2時間の暇。この間に招待客の殆どは去る。僕はその日配布されていたらしいプログラムとファンによる雑誌の存在を知り、なぜか個別に注文してその場を一時後にするも、なぜかアンケート的な用紙は入っていなかった。


19時30分「カフェ・イメルア」開場。


再び前方を向いた席が並び、椅子の上には十勝チーズケーキに三方六、くまささ茶、「イメルアタイムス1号」がセット。くまささ茶はファンの間で畳の味と評されたが、正にクセになるおいしさなので一押し。脈絡無く客席から仲間翔太さんを前に出してのトーク。
●DVD「IMERUAT」のコメンタリー。「Giant」撮影の際の過酷な条件は浜渦氏が呼んでいるように思われる。
●Q&A。「シアター・イメルア」で募集した質問に答える。MINAさんはたけのこ派、浜渦さんはきのこ派、開場はややたけのこ派、僕はきのこ派。たけのこ派は若いという持論が立証された。浜渦さんとMINAの出会いは展示会か何か。
●ムックリワークショップ再び。持ち方について新情報を入手。前回よりはずいぶん鳴る人が増えていたが、合奏などは無し。あまりアイヌアイヌしたくないと仰る割りにはなかなか入れてくる。
●ミニライヴ。アイヌ民謡&即興パーカッションでセッション。放課後の音楽室のようにきっかけは自然発生的だったらしいけども、的確で豊富なパーカッションにMINAさんの歌唱もしっかり方法論に則っていることが分かって良かった。
●アイヌ語クイズ。MINAさんが中学生用に作ったというパワポでアイヌ文化を楽しみましょうコーナー。公演などはよくやっていたこともあって流暢。
●抽選会&イメルアクイズ。物販品、ポストカード、買ったまま使ってない時計、Yaysamaの原譜、お茶3本セット、余ったお菓子、差し入れ等。僕がYaysamaに関するクイズに正解して獲得したのは沖縄銘菓ちんすこう。仕事着な分心持ち口が滑らかだけど、今思えばいきなり答えを言ったのはまずかった。
●全員でイメルア体操第4。浜渦氏の演奏。「今までやってきたことを一回忘れてください」のあたり客が真剣にやるあまり笑われる。確かに知り合いには見られたくない名場面だった。でも精神面を対象にした一連の体操、というか操作というジャンルは芸術というより学問や医療的に研究対象になり得ると思った。

終演後、例の握手会的な。体に気を付けるよう進言したけど笑顔で跳ね返される。

思うことや指摘は尽きないけどもこういうバランスで。

ネチネチした性格は巨匠との共通点として受け取ってもらえたら嬉しい★☆★

2013年5月30日木曜日

66 Amazonのせいで1万円騙し取られた件。

2013年5月30日(木) 涼風続き

【概略】

Amazonマーケットプレイスで商品を購入
Amazon「出品者を評価してください」
俺「出品者コメント何でしたっけ」
Amazon「目次にのみ書き込みがある、だそうです」
俺の評価「出品者コメントに誤りがありました」
出品者「具体的箇所を教えて下さい。全額返金します」
俺「内部本編にも書き込みがありました」

出品者の評価が削除される

出品者「正しく記載していたと記憶していたので削除依頼を出しといた」
Amazon「卑猥なことでも書いたのでは?これ以上はお答えできません。」


◆◆◆◆◆詳細〜Amazonとのメール〜◆◆◆◆◆

以下メールのやり取り。見やすさ、安全性、信憑性を保つ程度に省いてスクリーンショットで転載します。

↓2月22日午前2時に注文。論理学の本とかも買ったし!


↓3/1 出品者コメントの確認「目次にのみ鉛筆での書き込みがあります。」今回最も便利な証拠だけど、当時はこんなことになるとは思ってなかった。
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これをもとに評価、出品者へ説明するも、評価を削除される。
↓4/30 まずはAmazonに通知。再評価を希望。カスタマーサービスでは削除された評価は見られないらしい。評価の削除は出品者が依頼し、Amazonが判断して行う流れ。
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5/6 Amazonレポート担当に詳細を送信するが、自動返信メール以外連絡なし。向こうとしてはこれで終わらせるつもりだったのだろう。

↓5/16 待ちかねて経過を質問。「ご返答にお時間がかかり」「ご迷惑をおかけしております」返答する意思はあったと言っている。僕の評価全文「商品の説明に明確な誤りがありました。」
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↓5/22 「社内規程」に準じることは教えられないので、一転、今後連絡はよこさない方向。詳細な情報を送らせておいて「卑猥な言葉」を引き合いに「ご了承」「お願いお願い」。しかし、再評価が可能だとの新情報。
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↓5/28 再評価は注文から90日経過したため不可能らしい。2月22日から90日目は5月22日、前回の返信当日だが、期日や方法の説明は無かった。大体、再評価は当初から頼んでいたのに3回目の返信で知らせるとは作為的だ。
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カスタマーサービスからのメールは以上の4通。担当部署や担当者をたらい回しにして、質問に回答できていない上にやり取りも重複に入ったのでここで終わりにした。それぞれ個性が滲み出ているが、謝罪の文言には優れた統一感がある。

この後、「再評価」で検索して以下のヘルプを見つけたが、メールでの説明とは違い、4つの注意事項はさながら削除の条件のように書かれてあり、「その他社内規程」等の文言も無い。規程は本当に存在するのか。

−−−−−−−−−−
なお、お客様が投稿したコメントが下記注意事項に抵触し、当サイトが評価を削除した場合、お客様はその評価を修正して再投稿することができます。
注意: 当サイトでは以下の場合、評価を削除する可能性があります。
  • 卑猥な言葉を含む表現
  • 評価内容が事実と反している
  • 氏名、電話番号、住所、URL、Eメールアドレスなどの個人情報
  • 商品に関する意見(商品に関する意見はカスタマーレビューに投稿してください)
−−−−−−−−−−

「90日以内」のことは補足的な記載を見つけたが、再評価の際にも適用されるか否かが不明瞭であるし、そもそも一般的な「評価の方法」の項に記載したのでは見つけにくい。いや、そもそも「再評価の方法」の項が無いのは理不尽ではないだろうか。

−−−−−−−−−−
購入者が出品者を評価する:Amazonマーケットプレイスでの取引については、以下の方法で評価することができます。なお、出品者への評価とコメントを残せるようになるまでには、通常、発送確認のEメールまたは出品者による注文キャンセルのEメールを受信した時点から48時間かかります。48時間経過した後は、以下の方法で評価を投稿することができます。なお、評価とコメントは、注文確定日から90日以内まで残せます。
−−−−−−−−−−

以上。お互いが自分の正しさに自信を持っているはずだ。
向こうから連絡を絶たれた以上、この件について二者で話し合うのは無理だった。乞うご了承。


◆◆◆◆◆補足資料〜出品者編〜◆◆◆◆◆

出品者とのやり取りを記録。こちらの方が派手にキマっていて美しいけどあくまで資料。実際出品者は削除を依頼しただけで自らの手は汚していないが、この仕事からは足を洗ってほしいと感じた。

●3/1 相手方から一筆。

●4/21 返信。この後一週間以内に「全額返金に応じています」のレスと共に評価が消える。

●5/21 先にAmazonに通告した後、問い質す。

●5/22 事前に記載があったと記憶していたらしい。

●何なの。ちょっとたしなめてみる。

●なんか怒られた。

●大人の態度を示してほしい旨

●理解力の無い人みたいに扱われて煙たがられる。

●5/27 相手が間違っている証拠を見せる。ついでに器の大きさを見せつける。


●返信は3営業日以内のはずなので、返信なし。サバサバしてるなぁ。


以上。サブリミナル効果発動なるか★☆★



2013年5月22日水曜日

65 合唱曲「くじらの歌」【参考音源あり】

2013年5月22日(水) 熱い夜

ぼく合唱曲が好きなんです。声も良いけど、けっこう音楽的にも面白いんだもの。
今回は、15年ほど前に聴いた曲がどうしても気になってしょうがなくなったので調べてみました(追記参照)。シンプルながら退屈しない透き通ったジャジーな和音、郷愁的なベースにリズム、ドラマチックな展開、擬音語的なピアノの使い方、子どもらしい雄大な自然の描写…。

参考音源 】みみこぴ。

==========

くじらの歌
作曲:熊谷賢一 作詞:門倉詇/谷川健
氷山の海から 夕焼けの海から
くじらがとびあがり
夕日をしっぽではねかえす

ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん
ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん

あれは 海のわれるおと
あれは くじらのてまり歌


南極の海では まっ白なうみでは
くじらはすみあきて
せなかのしおを吹き上げる

ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん
ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん

あれは 空にはねかえる
あれは くじらのあくびです


赤道をこえて 北をめざして
くじらは旅をする
黒潮うねる やしの島

ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん
ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん

あれは 南十字星
あれは くじらの マーチです


ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん
ぴぴーん ぽん ぴぴーん ぽん

あれは南十字星
あれは くじらの マーチです
マーチです


==========

けっこう小学校の唱歌って情報が残らないまま消滅するものが多いということに気づいていたのです。保存のためにサイトでも立ち上げようかと思いましたがそこまでマニアでもないのでやめときます。小学生の唱歌の保存はライフワークにしたいランキングTOP5に入ってる。

…けど、調べたら意外とやってる人いたからTOP10に入ってる★☆★


−−−−−追記−−−−−


=【調査結果】=
●曲名「くじらの歌」
●作曲:熊谷賢一。作詞:門倉詇/谷川健。二部合唱。主に児童合唱。
●CD「音楽会のための合唱曲集 ブルー・スカイ」(1990年4月25日フォンテックより発売)に収録(狛江市立狛江第六小学校)。他に市販の音源はたぶん無い。
●上記CDより歌詞判明。
●上記CD記載「◎音楽之友社より同名楽譜が出ております。」→国立国会図書館所蔵「ブルー・スカイ」他に楽譜はたぶん無い。…一曲のために買う気になれない。
●現在も歌われているようだが、すべて小学生。合唱ってなんで学習指導要領並に分かれてるのかね。

=【作曲者・作詞者について】=
●作曲者の熊谷賢一はマンドリンで有名らしい。合唱曲では「大地の歌」(谷川が作詞)が有名。門倉の作詞では「ぼくらは地球をたべている」など。
●作詞者の谷川健は「大地の歌」ばかりが有名。あとは「ポプラの歌」など。
●もう一人の作詞者、門倉詇(門倉さとし)は詩人。合唱曲「たんぽぽ」が有名。校歌なども作詞。子ども世界特別賞などを受賞。2009年12月1日に75歳で亡くなるまでお仕事をされていたようなので、新聞、作曲家や合唱団のブログ等にも多く名前が載っているがWikipediaには記事無し。※演奏会パンフレット等複数で「門倉訣」の記載あり。
 ※参考:「門倉詇著作目録」「門倉さとし - あのひと検索スパイシー」【Amazon.co.jp:「門倉さとし」詩集/楽譜

=【参考:合唱曲を扱ったページ】=
なつかしい童謡・唱歌・わらべ歌・寮歌・民謡・歌謡
思い出の合唱曲 いまげのMIDI
t㎡usicの音楽ホームページ
MUSIC☆CHORUS」大学生にして蔵書多し。
MIDI協同制作」HP不詳
CHORUS SQUARE」(~2002年)(当曲のCD情報あり)
◇合唱ファンの個人プレー性顕著過ぎ参った。MIDIってJASRACに登録したりすれば問題ないの?一緒に運営したらいいのに。
市原栄光堂ネットショップ」仕事し過ぎ心配
合唱曲で一番の神曲は - まめ速」(2011年6月)
合唱曲最強決めようずwww - まめ速」(2012年3月)(コメ欄に当曲名あり)

=【調査履歴】=
◯自力で検索するが、同名の曲の情報ばかりで見つからず、当記事及び参考資料を作成。
◯ブログのアクセス履歴から、2ちゃんねるまとめページ「合唱曲最強決めようずwww - まめ速」を発見。コメント欄に15年くらい前に歌った発言(2012年)。2名共に「ぴぴーんぽん」。
◯表記「ぴぴーんぽん」で固定して複数エンジンで検索。複数名の記載を発見。
・人力検索はてなで音源を検索する人(2002年)「「くじらのマーチ」という様な感じの…
・「【曲名や歌手を思いだせない】懐メロ質問スレ19」のキャッシュに、小学生時代に歌った発言(2010年)。
・一般ブログやツイートに発見。東日本大震災翌日音源欲しい2013年4月30日最新2013年8月
・愛知県の新城市立庭野小学校のHPで全校生徒29名が歌った情報(2008年)。
◯表記「くじらの歌」及び「合唱」の条件を固定。CDを発見!
合唱情報サイト「CHORUS SQUARE」内で、「くじらの歌」が入ったCD「音楽会のための合唱曲集 ブルー・スカイ」(1990年4月25日フォンテックより発売)を確認。製品番号で調べたところ、作曲・作詞者が判明。Amazon「演奏会のための合唱曲集 ブルー・スカ」、楽譜ネット「門倉詇作/谷川健作」他各所で表記にミスあり。
◯作曲者・作詞者でさらに検索。過去の演奏会が見つかった。わりと最近も!
・第70回 NHK全国学校音楽コンクール 小学校の部 栃木県コンクールにて 鹿沼市立中央小学校(2003年8月24日)【リンク】
・さわやかハートフルコンサートにて 千葉県の印西市立内野小学校(2009年11月)【リンク
・武蔵野ジュニア合唱団 第13回定期演奏会(2012年4月29日)【リンク】
・ひまわり児童合唱団 第4回定期演奏会(1998年7月26日)、第7回定期演奏会(2001年12月22日)、第10回定期演奏会(2004年7月29日) 【リンク】
◯上記CD購入。曲解説等無し。歌詞に一部ミスらしき箇所あり。漢字だったり平仮名だったりも気になる。言うまでもなくiTunesのCDDBにもミスあり。これで調査は一段落。同名の楽譜も出版しているらしいが今は買う気が起きない。
◯商品が見つかったことと、合唱曲のMIDIを掲載する個人サイトを複数拝見したことで、参考譜面の掲載は自粛。

◆記事書いた甲斐がありました。ネット素晴らしい。次は広げていこう★☆★

2013年1月9日水曜日

64 ぼくはモンスター

2013年1月9日(水)曇り初め

ぼくは正月の雰囲気が好きなのだけど、1週間もすれば9割以上薄れるものなのだなぁ。

今日の記事は大体愚痴になる。というのも、ぼくは昨年を通してイライラしやすい心の持ち主になったのだ。自分の尺度でおかしいと思うことを、強く問い質す生き方を再び選んだ。



世の中の仕事がテキトー過ぎる。今日の主張はこれに尽きる。たぶん前にも言った。

学校、駅、飲食店、コンビニ、どこの職員も、ぼくの合格に満たない対応、つまり不快な対応をする人は約8割だ。残りの2割の中で快い対応をしてくれるのは3割くらいか。17人に1人だ。1つの店で2人と関わるとしたら、1週間に1度も快い仕事人とは出会えない。

●具体的事例

昨年は敢えて一歩突っ込む生き方をしたので、いろいろな事例が得られた。
基本的なもので言えば、分かりにくい説明、誤った情報の提供、聞き取れない声、片手間での対応、マイペース、私語…などなど。ほんの一部だけ書く。

=書籍やCD=
大量の印刷ミス。どうやら昔と違って校正の業者に出す習慣が弱くなったらしくて、ミスの無い本の方が珍しい。誇張と思うかも知れないが、酷い物は2ページに1字の頻度で誤植がある。特に楽譜のミスは勘弁して欲しい。
訂正した品物を送ると言ったきり次に連絡が来たのは3週間後だった。

=飲食店=
こちらが話してる途中で「食券を買ってください」
メニューに書いてあるのに「それはできません」
謝罪の言葉も無しに店のドアに「本日売り切れです」
注文も聞かずに「ただいまお作りしています」
水を出さない、注文したものも出さない。
カウンター席なのに体から遠い所に水を置く。
調味料を切らしておいて謝罪もしない。
床やテーブルが汚れまくり。食器もベトベト。
キャンペーン期間の終わったおもちゃを出す。
おまけのおもちゃの箱が破れている。

=コンビニ=
値段が書いてない。
チケット買ったのに封筒が無い。
「台車通りまーす」

=ネット市民=
iTunesのCDデータベースの情報が完璧だったのを見た記憶が無い。
Wikiの類も誤字脱字や文法は無論だが、肝心の情報まで間違い放題。
なんとか知恵袋とか個人のページも半分は誤り。数の多さは確からしさに寄り添わない。
総じて小学生のテストの珍回答よりは酷い。分からなくても良いから黙ってろよ。


●お金に見合った対応

自分がバイトをするようになって顕著に思うようになった。
自分だったらマズいと思えばどんなに面倒な仕事でもすぐに制度化して徹底的に直す。
こちらは頑張って稼いだお金を払っているのだから、頑張ってやってくれなくては困る。
正直、特別難しいことを求めている訳ではない。当たり前のことをしてほしい。
お金も時間も必要としないテレビ番組なんかはゴミみたいだと思ってもイライラしない。

●立場の問題

嫌なら使わなければ良いと言う態度を取るならそれでも構わない。でも、金儲けしたくてサービス業をしていたり、国に雇われて国民の税金で食ってたり、わざわざ畏まった口調で話しかけてきたりするのは、いつもむこうだ。そもそも自分でやりたくてやってるのだという立場を理解していれば、やる気の無い素振りを見せることがどれほど無意味で無礼であることか分かるはずだ。

ぼくが何より嫌いなのは、いつもそういうことだ。自分でやってることについて考えようともしない人には年齢や性別を問わず嫌悪感を持たずにはいられない。

「お前がやりたくてやってんだろうが」こう強く思うのは、世界に普遍の法則や倫理を自分なりに懸命に探して惨めに挫折した経験があることが大きい。客観的に普遍的な理論を押し付けはしないで、あなたを尊重しよう。人それぞれどう思うかが大切だ。何もしたくないなら私みたいにしなければ良い。できないことはしなくて良い。でも、お前がわざわざ他人に言ったことは責任を持って成し遂げるように努めて、失敗したら謝罪をしなければぼくは怒ってやる。なぜなら論理的じゃないからだ。論理的じゃないから間違っているとは言わないが、論理的じゃないということは社会的ではないということだ。私と違って社会に媚びを売るなら社会のルールに適合しない者には敵意を見せてやる。
こういう世の中を理解していながらわざわざ視線を合わせて怒っているのは子どもだとは思う。だから選んだんだ。

●ちゃんと話せば許せる

今年は、意見を言って周りを変えていく姿勢を持ってるので、沢山口を出すことになるだろう。既に年末から随分申し立てをした。面倒ではあるけど、プラスと呼べる経験にはなっている。
間違えても謝罪してくれればぼくは批難しない。話し合って落ち着いて説明して分かり合えば良い。もし考え方が根本から違って意見が食い違うのだとしても、相手が真剣に考えているのであれば、ぼくは怒ることは無い。前にも怒ることや意見をぶつけることについて書いてきた上にクレーム話をしているけれど、悲観的で偏見を持っている訳ではないつもりだ。話ができる相手を生まれた時からずっと探して、社会に出てきてしまった。

●ちなみに

さすがに言わなくても分かるべきことを分からないのも嫌いだ。数の勘定ができない、言葉が通じない。とくに相手を思いやる能力は、位置取りを見れば分かる。歩いてても立ってても分かる。私が出会う99%の人間は不合格だ★☆★

2012年12月26日水曜日

63 言いたいことがあるなら言ってみなさい

2012年12月26日(水)はれもの

自分の意見を言うことについて書こう。

自分の意見を言うこと、自分を表現すること、自分で行動することに抵抗がある人は多いだろう。相手と意見が違ったり不利益になったりしてしまう、申し訳無い。こんなことを言ったら馬鹿にされるんじゃないか、自信が無い。自分がいなくても面白く動いていく世界にわざわざ介入しなくてもいいじゃないか、面倒くさい。一つでもそれらしい理由があれば、それは抵抗として働く。

本当に面白くて不自由無いのであれば、私が言うことは無い。本当は思ってることを言えないんであれば、言った方が良いって話をする。

−−−−−−−−−−

ぼくも昔からそういう部分があった。
幼児期はこうだ。どうせ何を言ってもこの人達は聞く耳を持たない。自分が馬鹿にされるだけならまだしも、彼らが誤って調子に乗ってしまうくらいだったら、何も言わない方がまだ世界にとってはプラスだろう。
小学生高学年。自分は何が偉くて人に横柄な態度を取っているのか。確かに自分は周りより賢い、この人生は自分の楽しみのためにある。でも、他人から同じような扱いを受けたら悪徳だと怒り狂うに違いない。謙虚になろう。
中学生らしい悩みもあった。自分は論理ばかりで考えてしまって、面白いことをなかなか言えない。自分が面白くても他人にとっては面白くないことが多い。逆に他人の行動は、彼らの中でも自分にとっても面白い。だったら何も自分が出しゃばることはない。
高校ではやっぱりこう考えた。そもそも自分の行動、自分の生命、世界の存在にはどんな意味があるのか。良いことと悪いことを決めるのは何か。善悪が無ければ何を基準に動くのか。

嫌われるほど他人に介入しまくる時期や、周囲とのうまいバランスを取る役をもらったこともあるが、基本的には受け身で奥手の聞き上手で生きてきた。だけどそれだけに、自分の数少ない表現は意外性を伴って周囲の中で輝き、記憶に残るものになっていたと思っている。やはり表現は少なくて満足していた。

そんなぼくだけど、ここ数年は積極的に行動を起こすことを心がけられるようになっている。それが当たり前の人には何の説明も要らないだろうけど、可哀想な私には時間がかかった。

高校時代から哲学的な思想に縛られて動けなくなった自分が日常生活になじむのには時間がかかった。いったん知ってしまった無知はもう知らないことにはできない。できるとすれば、完全に忘却でもするしかない。独りで訓練と空論を重ねて、やっと景色を眺めても人の言葉を聴いても頭痛や吐き気を催さなくなった。

だから自分の行動には中学レベルを超えた理由を持っている。特に他人の人生に介入するようなことについてはことさらだ。

−−−−−−−−−−

前置きはこれまで。自分の意見を述べる勇気について書こう。

■例えば、いわゆる哲学的で陽気な思想を持つこともできる。

自分の思うままに行動するのは当然のことだ。世界中、環境や能力の差こそあれ、誰もが自分の思うまま思って動いてる。そこに良いも悪いも無い。たとえ何も干渉したくないと思ったって、そこに存在している以上、動くも動かないも世界にとって何の差もない。大体、誰がいつどう考えて行動するかは天気と同じで計算できることなんだから、同じレベルで悩もうとしているだけ図々しい。どうせなら楽しい方向で行動したい。短い人生だ。

断言はできないけれど、否定もできまい。見えないものを否定しないのはサンタクロースと同じく子どもらしい素直さの一つであり、より永い科学の範疇でも全く同じことだ。

■でもこの思想はやっぱり根本的過ぎて現場に則させ難い。ここに、今までぼくが生きてきて得た現代的で陳腐な知識を三つ、加えよう。

意外と世の中馬鹿ばっか。子どもの頃思ったほど大人は頭良くない。とりあえず周囲の流れに流されて、なれ合って嘲笑って誤魔化して、普通に生活ができただけで調子に乗って、自分は何もかも分かってると本気で信じ込み、そのまま凝り固まって相手に押し付けて生きてる人が多い。どの局面でも、自分自身で考えることをしてない。他人を蹴落とすことを考えている。発想力も乏しく、新しいことはやっぱりやりたがらない。
 もちろん、世の中100%そういう人間だとは思ってない。そういう部分が平均20%ある人が98%くらいいるんじゃないかと思ってる。多く見積り過ぎかも知れないけど、普通に生活している分には一生知り合えない人種もけっこう多く同じ土地に暮らしているものだ。

もう一つは、意外と世の中みんなも謙虚だ。喋る人は喋るが、喋らない人は喋らない。何かおかしいと思っていても、最初に言い出す人にはなりたくない。みんなが言ってないからそういうものだと思ってしまう。「私もずっとそう思ってた」なんて後から言う。だからバカなんだよ。大きな組織でもそれは同じこと。

三つ目。意見が違えば議論しましょう。相手はバカだしこっちだってアホだから、意見は食い違って当然だし、上下関係があったとしても言い負かされるとは限らない。それに、議論は意外と憂鬱なことではない。理解できない相手の考え方を聴いて理解する機会であり、自分の価値観や理想を分かってもらう機会でもあり、相手に教えることになっても自分が教わることになっても大変有益なことだ。意見が違うからといって論争する必要は全く無いし、相手だって争いは嫌いだろう。明解に伝えて説得する話術、穏やかに話し合って進める技術を磨く絶好の機会だ。
 それに、若くて立場が下の人ほど意見は言いやすい。だって負けて当然だと思われてるもの。勝ったら気持ち悪いくらいだ。評価されるのは、その後しっかり学んだことを示す行動を取ることであって、何を考えているか分からない奴の方が厄介だ。


もし間違ったことを言ったら、訂正すればいい。言い過ぎたと思ったら弁解すればいい。怖くて意見を言えないだけの良識を持っているあなたなら、もし言葉が稚拙で言い過ぎたとしても、それを弁解できるだけの配慮がある。分からないことがあれば質問すればいい。多くの人が経験あるだろうが、一つの質問をすれば、五つも十も教わることになる。大切なのは行動して学ぶことだ。子どもと同じ。
 小さく小さく育てられた皆さんが可哀想。ぼくもその一人だけど、大きなことを想像すると殺されかけたものだ。今また生やそう。


分かったらキラキラ働けこのクソガキども★☆★

2012年10月22日月曜日

62 ビラ配りのコツ等まとめ

2012年10月20日(土) 天高く

ビラ配りといえば部員勧誘よね。僕もやったことあって、いつも評判も良ければ自負もある。でも今回は直接自分のためじゃなくてお仕事で配ることになったけど公道では初めてだったんでちょっと調べていきました。

小一時間ネットで調べた情報と私見、今回の業績なんかをまとめてメモしておく。こういうことは著作権とか弱いから嬉しい。

〓〓=基本=〓〓

◯目的と責任を持って、明るく爽やかに、分かりやすく手短に、相手を思いやること。
◯具体的には、笑顔で清潔な服装で、大きく聞き取れる声で素早く、取りやすく渡す。
第一印象を完璧に:しっかり寝て健やかな顔で。清潔で美しく、明るく爽やかな笑顔で。カジュアルでも堅くてもここは同じ。心理的に言えば第一印象が全て。物理的に言えば全ては第一印象。
インパクト:おっ、と思える何かがあると良い。まず見てもらう、何なのか分かってもらう、こっちに来てもらう必要があるし、話題性があって憶えてもらえる方が良い。奇抜な衣装、変わった売り文句など。
☆捨てられたビラを帰りに回収しましょう。イメージダウン&クレームの元。

受け取ってもらえるという前提で配る:失敗してもリスクなんか無いんだから成功のイメージだけを持ってそれに合わせれば良い。大体客を信頼しないなんて無礼極まりない。現実的に考えても、普通は受け取って損するものじゃないんだからこちらのやり方次第でどうにでもできることを理解しておく。
受け取られなくて当たり前:渡せなかった場合にはこう考えて心を折らぬようにとの声も多い。最初でやる気もある内はけっこう無視されると分かっていても傷付きやすいらしい。
◯全ての人に渡す、全ての人に好きになってもらう、全ての人に来店してもらう、全ての人に幸せになってもらう、ということを最終的な目標にすれば筋が通る。


〓〓=配る場所=〓〓

×悪天候:気が散る、手が塞る。吹き飛ぶ、濡れる。捨てられる。
◯基本はターゲットとなる人が多い場所。あと配布物とちょっとでも関連がある雰囲気の場所だと良い。

 =(1) 配布ポイント=

☆ターゲットの多い場所:母数を増やすことはもちろん、一人一人の心理的にも有利になる。
☆通行人の心にゆとりが生まれる場所:ただ前を見てただ歩くだけの退屈な場所。
☆自然な場所:配る物や服装に対して不自然な場所で配ってるともらいたくない。

×別の建物の真ん前:迷惑なことにビラ配りを迷惑行為として取りしまる区域や組織がけっこうあります。警備員などがうろついてる場合があるので、予め目につかない場所を取ると無難。
◯駅とビル街の間、学校とマンションの間など:人が多く出入りする場所をつないだ道が良い。予め複数のリサーチが必要になる場合もあるか。
◯横断歩道:人がたまりやすい。邪魔にならないように。
曲がり角:人の流れがしっかりしているし隙間があるので邪魔になりにくく、ターゲットも決めやすい。特に道のこれから曲がる側は人が急に増えるので、人の流れがやや遅くなる上に、ビラに群がっているかのように見せることができる。逆に道の向かい側は心と時間にゆとりのある人が多い、かも知れない。
△雑踏など:あまり人が多過ぎると、心を閉ざして下を向いて歩く人が増えそうだし、ぶつからずに歩くだけで余裕を失う。
他の売れてる配布員の下流:一個目もらった人は別のもう一個ももらう。瞬時に判別を切り替えるのが難しいし、もらわないと印象が悪くなってしまうから。特に広告専門業者の場合、ビラの内容に関わらずそもそも位置取りが上手いから側にいて間違いないハズ。
×売れてない配布員の下流:特に政治や宗教の団体は人気無いだけに頑張って見た目がハデだから注意!下流につけられてしまった場合でも危険か。

 =(2) 細かい立ち位置=

横軸
人の流れに沿う邪魔にならない場所で:最短ルートの一歩となりや道の端など

×人の流れを分かつような位置取りはもちろん、「この人からもらうと他の人の邪魔になってしまう」と思われる場所に立ってると、何を持ってても避けられる。
△道の真ん中:左右の人に渡せるが、見込める効率は2倍以下で、邪魔になりやすい上に渡しにくいため、よほど広い道で配布員が少ない場合以外は危険。


縦軸
◯最短でも、配布物の内容を理解できるだけの時間が取れる距離に立つ。
◯少し遠くから見える位置に立ち、絶対もらいたくない人には予め離れてもらう手もある。
△多くの人はもらうのがめんどくさいからあまりに遠くから見え見えだと避けられやすい。
◯逆に、通り過ぎる直前に驚かすように差し出すと受け取ってもらいやすいと教えるところも複数あるらしい。特にオマケややる気が無い場合は、物陰に身を潜めて即時決戦が効果的か。

 =(3) その他、不足情報など=

○複数人で同じポイントで配る場合:
細かいこと考えなくても上手くいく。同じものを配っているのが分かる程度で少し距離が開いていると受け取りやすい。道の左右を固めることで賑わってる感じが出せるし、諦めてもらっていただきやすそう。
○飲食店等の場合:
店のすぐ近くで。やや逆説的かも知れないけど、印象に残る。どうせ遠くにいる人だってビラをもらってすぐさまその店に行くわけではないんだから、分かりやすい場所で吉。

●配布する時間については情報が少ない。通勤、帰宅時間が基本かな?


●背景に何をもってくるか?:車道、建物、樹木…。開放的or限定的/遠くから見たときor近くで見たとき/天気や時刻/眩しいと判断力が鈍るという後光効果を狙って…暗い方?
●道路の右側に立つか、左側に立つか?:複雑過ぎて優先順位は低そう。世間は大体右利きだし、左手には荷物を持ってる人が多いから右手側か/いや、その荷物を渡すんだから左手側か/そもそも歩行者は右側を歩くんだから右側ではないか/ここはビジネスマナーに則って下座である左側にすべきでは/左手で物を渡す人は地獄に落ちるという宗教が…


〓〓=配る相手=〓〓

△男性
◯女性
×若年:お互い興味無い場合が多い。集団でポイ捨てして学校から苦情来たらたまんねえな。
中年女性:お互い興味ある場合が多い。しかもおしゃべり。
△音楽プレイヤー:聞こえにくい。入り込んでる。
△自転車:手が塞がってるのでダメな人、もしくはカゴがあるからOKの人。一瞬で見極める必要がある。もちろんスピードを計算して全体的にタイミングを早める必要がある。
◯何らかの理由で腕が胸元にある人:受け取り体勢バッチリ。

☆始めから渡すターゲットを絞るのも手だけど、そもそもビラ配り自体に新規開拓を目的とした広告活動という意味があるし、特にオマケには客のハードルを下げるという意図があるとすれば、あまり客を選ぶのは筋が違う。配布する数にもよるが、基本的には積極的にお配りした方がよろしいか。


〓〓=いざ配る=〓〓

 =(1) 発言=

聞こえる、聞き取れる、短い、美しいが基本。相手に負担をかけない。

◯「おはようございます!」まずはご挨拶が礼儀。アンターゲットにも元気良く。
◯「お願いします」スタンダード。特に問題無い。
◯「お疲れ様です」Good.歩いてる間だって忙しいんだ。お互い頑張ろうね。

×「東京ニコニコマート大宮店です!( ^ω^)⊃」:知らねーし何の店だよ。
×「ネパールのオリョーリです(´_∋`)_」:割引券も付けないで客引きしてる店のビラもらったらその場で足止め食らったりマークされるんじゃないかと思う。
◯「ポケットティッシュです、ご利用ください」:捌きたいだけなのがすぐ分かるし、オマケをアピールできてるので効果は高いが品が無い。興味無い店のをもらうと申し訳無いと思う人も多いので、店名を伏せると有効
◯「美容室です、割引券お配りしてます」最初に身元を明かすのは礼儀正しいけれど、こちらが客を選択することになる。配布の速度は落ちるが、受け取る客の質がグンと上がるので戦略としてはアリ。
◯「半額クーポン券でーす」:詳細を伏せることで興味を引くと同時に、もらって損はないと思わせる。もらった人はどこの店の物か確実に確認するので新規開拓能力がありそう。

 =(2) 動作=

◯5mくらいから渡す人を特定して目を見つめて歩み寄り、逃げられないようにする。「私はあなたに渡そうとしています!」「あなたはこれを受け取る価値がある方ですよ!」「受け取ってくれるんだよね、ありがとう」と顔に書く。
◯まずビラの存在を知らしめるため、ビラが空から舞い降りるかのように弧を描くように手を動かす。一連の美しさにまるで吸い込まれるように手に握らせてしまうのが目標
◯持ち易く読み易く:ビラなら半折とかにする。そしてティッシュ、ビラの主旨など一番のアピールポイントが表にくるように、もちろん見やすい向きで差し出す。
絶対必ず手元に:取る動作がめんどくさい。恥ずかしい。気が利かないお前が嫌い。
△より良いターゲットがいない限り、2,3歩付いていく:1秒だったら素通りしても、3秒かけて何のビラかちゃんと分かって考えられたらもらう人もいる。ただし、気まずくてあんまり後味良くない。

 =(3) その他=

×しつこいのと無理やりはアウト。
×道を横断する動き:ぶつかるのは最悪だけど、人の流れを遮るような動きが遠くから見えただけで、距離を取られてしまう。前後左右に注意を絶やさないこと。
◯渡せなくても「よろしくお願いします!」:相手は敵ではない。別のお客様もご覧になってる。
◯テンポ良く:配るだけ配って関係を一瞬で切ろうという雰囲気をこちらから出す。どっしり落ち着いてる配布員は会話に発展する恐れがあるから近寄りたくない。
◯冷たく形式的な態度は絶対的にNG。と思いがちだが、むしろそれが安心感を与える場合だってある。基本的には警戒心を和らげて一瞬心通うくらいが効果的である一方で、見ず知らずの人に少しでも入り込まれると気持ち悪がるコミュ障も多い。こういう人には毛を逆立ててる捨て猫を目で慈しんだ結果噛まれるくらいの覚悟を持って、できる限り形式的に接して特別扱いして差し上げないことが心遣いだと存じる。
コンビニ、アパレル、駅などの職員は、独特のイントネーションで話すことが多い。普通の感性からはなかなか出てこない異常なものではあるが、特有の型にはまっていることで落ち着きや安定感を聞き手が得るという特性があることを参考にして、ビラ配りもやや距離を置くくらいにすると効果が上がる…かも知れない。

〓〓=配らせる=〓〓
人をして配らせる場合の話をちょこっと。

 =(1) 道路使用許可証=

取ってください。持たせてください。その範囲なら法的には問題無いので、誰に何を言われようとビビる必要は無いそうです。
●ビラ配りで検索しようとしたところ、アシストに「許可」「法律」「 違法」などが出てきましたです。いろいろ気になってる人が多いってことですね。

 =(2) 配らせる物=

△大きい物
◎ティッシュ、試供品、飴、文房具など。
☆ビラの内容について基本的な話。名称はWebで検索できるもの。住所だけではなくて必ず地図を。連絡先、営業時間は必須。メールアドレスは短く分かりやすいものにしろ。QRコードがあればなおよし。あとはインパクトがあって覚えやすく、楽しく、美しく。
配る場所や時間帯によって内容を変えるというレベルの高いこともやってるとこはやってるそうな。

 =(3) 配らせる人=

△おっさん
◯若い女性
☆外立ちは、その店を知らない人からすれば特に、その店の顔、第一印象そのものだから、仕事できない男くんを単独で配置するのはかえってマズい。元気で感じの良い人、何を訊かれても大丈夫な人とセットで動かせて教育にあてるくらいでちょうど良さそう。屋外では四方八方に店を知らない冷たい人がいるわけだから、立ち居振る舞いや予想外の対応が完璧にできる人にとっても重要な仕事。

〓〓〓その他考えたこと〓〓〓

☆行列と同じように、内容が分からなくても人が群がってると自然と次も来る。また、メニューを一緒にしたがる人と同じように、他の人が持ってるものは自分も欲しくなる。殊ビラ配りにおいては、客が客を呼ぶ性質が強い。これを利用して、予め優秀なお客さんを自分に寄せ付けて逃がさないように位置取りや演出を考えると、準優秀なお客さんを巻き込むことができそうだ。また、逆も然り。見込みの無い人は最初から遠ざかっていただくように考えると良い。

人によって態度を変えるべき。面白い感じが良いのか、仲良くしたいのか、上か下か、強か弱か、緩急、軽重、冷温、明暗…こちらは様々に印象を変えることができる。相手がどういう人間でどういうコンディションなのか瞬時に感じ取って、どうすれば気持ちよくなってもらえるか瞬時に理解して、表情、言葉、声、立ち居振る舞いで表現すると良い。笑顔一つとっても、誰がどう見ても明確なバリエーションをつけることはできる。

☆高度な話だけども、通行人の中には、つまらないビラでも良い配布員であれば受け取りたいし、良いビラでも悪い配布員であれば受け取りたくない類の人がいる。物ではなく人を瞬時に見極めて評価を与える行為によって、自分の人間性を体現できるからだ。良い配布員とは、ビラ以上に気を配り、心を配る人だ。

☆両手使って補充も素早くするために、首から配布物のカゴなどを提げるスタイルが良いと考えた。在庫が見えればお店で商品を手に取る感覚で取りやすいし。

 =実際に配ってみたぽ=

◯スーツ着てったけどあえて地面に置いて、Yシャツに腕まくりで挑んだ。正式な感じは悪くないと思ったけどやっぱ第一印象で親近感与える方が上かなと。
◯胸ポケットにオマケ一個入れてチラつかせてみた。どこを見ても伝わるように。
◯名札つけて臨んだ。これで怪しくないという身元証明ができる。これは第一印象じゃなくてもできることなんだな。
◯メジャーな飲み物のペットボトル傍らに置いといた。ほんの少しでも情報を増やしてインパクトを与えて憶えてもらおうと思って。あと場所を広く取って何か楽しげなことやってる感じを出したかった。美味しそうと思ってもらえたら便乗して良い印象を与えることもできるかな、と。
◯ズボンのポケットにも配布物を入れてみる。だらしなく見えるけど、職人ぽく見えなくもないかなぁみたいな。袋から取り出すのがけっこう時間かかるから、けっこう役に立った。
◯ターゲットじゃない奥さんにも臆せず挨拶する。笑顔で返してくれる。

いろいろ考えて緊張したのに、相手が子どもだったので9割方もらってくれたから全然一般的じゃないデータしか取れなかった(´ω`)配ったうちの2%くらい落ちてた。うち一個は紙飛行機だったよ。

==========

以上。
まぁ、別に特別なこと何一つ書いてないけどね。考えれば分かることをちゃんと考えるってのは大事なんだねってことを世の中のみんなが分かってればこんなに毎日イライラしないのにと思います。おしまい★☆★

2012年10月20日土曜日

61 秋風と太陽

2012年10月20日(土)

今日もまた朝が来た。
よく晴れている。秋だけど寒い。
自由になりたくて、ファストフードを食べにいった。
わざわざ着替える。少し遠いし、当然お金もかかる。だから行く。
店の中で、七五三に行くという兄弟に出会った。
皆が見知らぬ彼ら家族に声をかけていた。

店を出てもまだ寒いが、さっきより明るい。
木々が眩しい。一つ一つが個性的で心惹かれる。
人が作ったまちだって、どれ一つとして同じものは無いだろうな。
一生ご飯も食べずに歩き続けたいという子どもの頃の夢に想いを馳せる。
24年という歳月を歩き続けていたとしても後悔しなかったろう。もちろんこの先も。
日の光に晒されているものは、何もかも美しい。
白日の下へ進む者が何をおいても正しかったのだろう。

帰り道、廃校になった小学校の跡地を小一時間眺めた。
校門から校舎までの景色はどんなだったっけか。
朧気な記憶も、もう二度と見ることはできない。
卒業してから、もう10年も経ってるのか。6年しかいなかったのに、もう10年。
その間、訪れたのは、1回だけか。
止められても行けば良かった。今日みたいに。
今考えると、この敷地のこの場所に校舎があったのか。意外と小さい。
鮮明な記憶も、もう二度と見ることはできない。

体が温まる。
久しぶりに長いこと日に当たっていた。お風呂より温かい。
でも、まだ手が冷たい。空気にそぐわない、屋内の冷たさだった。
どれだけ中に閉じ篭っていたのだろう。
熱いコーヒーを飲んでも、
布団の中で一日を過ごしても、
体中ふやけるまで風呂に漬かっても、
中にいる限り温かくはなれない。
外に出て陽の光を浴びなければ、体の中は温まらない。

小学生のときも、よく日なたぼっこをして時間を過ごしたなあ。芝生の上で。
結局今も昔も変わってないんだね。今もよく学校で寝転がってるもの。
僕はきっと子どもの頃を忙しくし過ぎた。
他の子どもたちを見て、決して無駄に過ごしているなんて思ってなかった。
むしろ、自分の知らないことを沢山知っている人達。羨ましいとも思ってた。
お勉強こそよくできたゲームで、その他のことを学ぼうとはしてなかった。

なぜ自然に触れている時、ふと誰かと一緒にいたくなるのか。
きっと、自分がここにいたことを誰かに憶えていてほしいからだろう。
自分の想いを、もう一人の誰かの中に持っていてほしいんだろう。
誰かに想いをすべて託して、その人の想いをすべて受け止めたいんだ。
せっかく何もかも開いているのに、身軽になれないんじゃ気持ち悪い。


もう学校の前の歩道橋を渡る人はいない。
今は高い壁に囲まれている小学校跡を一望できるこの歩道橋から
一人で、改めて町を一周見てみる
なるほど校庭の真ん中に立つこのけやきの木はこの町で
一番大きな木だったんだな、ときづいた。

そういえば、途中で拾って届けた電車のICカードは本人のところに帰っていくかなあ。


2012.10.20★☆★

2012年10月18日木曜日

60 逍遥:無二十色田無

2012年10月16日(火)秋ん晴れ

秋ですね。我が家では半年ぶりくらいでお風呂を炊きまして水を得た魚の気分だったので、NHKの合唱コンクール見て、気分転換の波に乗ってお散歩してきたの記。大変な悩みがあるときは全てから逃げるようにお散歩する。悲しいことに、辛い時こそ自然や音楽や言葉は本当に感動する。同じ事でも珍しくなければする気が起きない。抑制されて誰も思いつかないような悪事にこそ興奮する。つまり希少価値を求めて生きている。

写真60枚以上撮ったけど全て植物&猫&建築&岩だったですーん。良い感じのやつだけ貼ってみる。



最初に撮ったやつが加工なしでデフォルトの壁紙みたいなデキ。撮りたいものがこのくらい小さいと寄れるから綺麗になるなぁ。これは最初に行った小さな公園の金木犀。お花屋さんの正面にある公園で、小綺麗にコーディネートされてた。ひまらやすぎ、まてばしいの木もあった。平仮名だと面白い。



そのへんの階段。ボロくてジャングルジムみたいな感じと蔦が気に入った。でも人が出入りする所だと怒る人もいるから気が引けるちね。いい加減その程度の情報は全国民公開してほしい。そうでないとかえって悪い事が増える気がする。法的にはどこまでが無許可でいいのか僕は知らない。



ケヤキ。若いときはそばかすが綺麗に並んでるのに、年を重ねると月並みなお肌。2つ目に行った大きめの公園は、太くて高い木が沢山生えてた。撮ろうとする手に蚊やら蛾やらが止まってきてブチ切れそうになった。曼珠沙華がショッキングな感じで枯れていた。



ヒマラヤスギちゃんと一緒に覗く。この時はまだ園児&ママタイムだからカメラを持ってウロウロすると視線で血が出るレベル。2時から4時にかけて小学生タイムへ移行するけど、この時間にスクールゾーンに迷い込むと見回りのおっさんが黙殺しにかかるから厳重注意。お前がくたばれ。



そのへんの散らかってるお宅。やっぱり雑然としたものを好むのは嗜好の一つとして多数派じゃないのかなぁ。車なんかいい感じに汚れちゃって素敵。時間かかって汚れたり老いたりして複雑に折り重なってるものが好きなんだよねきっと。子どもが好きなら老人も好き。



3つ目に行った公園のそばの、謎の石像と岩が乱立するごく閑静な地帯。樹木と岩石と水を配備して怖いものなしって感じ。自然は人間にとって大先輩ですから、いつも側にいてもらってあやかりたい気持ちはとってもよく分かる。全然整ってない無二の美しさを留めておきたい気持ちもよく分かる。しかしまぁ岩を祀っても子どもがいれば乗っかって遊ぶんだろうなぁ。


お散歩の当初の目的の一つは、木を見て初めて名前を覚えることだった。今回は、金木犀、イチョウ、モミジ、ケヤキ、ヒマラヤスギ、まてばしい…くらいかな。とにかくあちこちで金木犀の香りがしていて、昨年金木犀の香りをイメージして作った曲が何度も頭を過ぎって嬉しかった。木は曲のイメージすんごい湧くわ。あとはやっぱり子どもね。

木を撮っても検索かけて説明が出てこない。曲が分かっても歌詞や音名が無いと検索できない。僕たちは言葉が無いと共有できない部分が多い。この状況はあと何年でしょうね。

おしまい。なんだか眠いんだ★☆★

2012年9月29日土曜日

59 反平論ー平和は例えば零和

2012年9月27日(水) 曇のち涙

ここ数年、平和を弊害に思う風潮が高まっている。私個人の中で。教育と絡んで雑記をひとつ。

自分の育ちが悪いと思ってる。でも、とりわけ貧乏だったわけでも酷い虐待を受けたわけでも教育を受けられなかったわけでもない。じゃあ甘やかされて育ったから考え方が贅沢なのだ、と言って聞こうともしない大人達の世の中で育てられたから悪いと思ってる。

比較的平和な世の中で、比較的恵まれた生活をしている人達の中で、著しい学力低下、失業、鬱病、自殺が蔓延している。それぞれの割合を考えれば日本の若者の8割近くが少なくともいずれか一つに当てはまるのではないかと思ってしまう。

比較的恵まれているというような実感の薄い知識はプラスにならない。大切なのは個人が実際に感じる落差だ。動いていないものを人間の眼は見ることができないのと同じように、平らで変化の無い世の中で自分自身すら動かずにいれば、何も感知することができないし、感情も持てない。人肌のお風呂には感動しない。下を見るのは優越のためではなく、上に引き上げるため。

逆にいわゆる悪い環境でも、伸びていく人はいる。もう一度言うけど大切なのはその成長した分であって、変化が無いことにはいわゆる良い環境も良いと感じられない。他と比較することが意味が無いと言ってるんじゃなくて、身近で実感を伴うようなものでなければ健康な精神を保たせるには足りないということで、他との比較自体は自身を認識するためにはとても有効なのは周知の通りだ。

もう一つ加えよう。どれほど劣悪な環境を考えても、何者かと意思の疎通を図ることはほぼできる。その内容は、突き詰めれば物質的な環境とは無関係かそれに近いものになると思う。また、人生経験が豊富な人ほど思想や知恵を得るきっかけこそ多いものの、可能性が大きいだけに過ぎないし、思想や知恵というものは想像力の上に成り立っているに過ぎない。物質的な条件は無関係に近いと考えてる。

平和なこの環境において、

僕は自分の育ちが悪いと思ってる。生まれたところからどれだけ伸びたのか、そもそもどれだけの可能性があったのか、他と比べて一体どのくらいのレベルなのか、と考えたときに、少し考えるだけでも深く考えこんでみても残念としか言えない。

この年になると、教育についていろいろ考える。思考や実験の際には、余計な条件を捨象するのが学問の基本だ。人間という生物の核心的存在で、純粋な反応を大量に観測できるものとなると、子どもだ。しかもこれは万人が自分自身で経験したことまである。僕が子どもを愛する理由は大体こういう場所にあるんだけど少し別の話。
 考えを巡らせる。自分が子どもの時はどうだったか…。自分が子どもの時におかしいと思っていたことは、今考えてみるとどういうことだったんだろうか。あぁあの時お母さんが言ったことが全部正しかったと思う日が来る、アンタも大人になれば分かるから憶えておけと言われて、今大人になりつつある。大人という資格を武器に、責任を持ってどう分かったと言えるのか。冒頭の通りだ。

主な話は終わり。蛇足かも知れないが、僕は、幼少期から親の教育方法に対して、あるいは周囲の人間の言動に対して、不可解だと思っていた。しかし彼らと違って、あくまで意見をぶつけあうだけで、否定は一切しなかった。今も基本的な考え方は変わっていないし、世間的にはそれが大人だと認められることになっている。

繰り返しになるけど、僕は幼少期から親の教育が不可解だった。大人になるまで判断を保留していた。今は悪だったと思っている。人によってはタブーな物言いだろうが、自分で自分が可哀想だ。可哀想な人種を差別して絶滅するべく突き動かされた偉人は数知れない。


自分より他人を殺したい20代前半の若者の愚痴でした。頭の悪い人にこそ理解できなかったら意味ないもんね★☆★

2012年9月17日月曜日

58 太陽に向かってどこまでも

2012年8月30日(木) 猛暑残暑

2012年8月25日、26日に行われた、劇団ひまわり創立60周年記念公演「コルチャック先生と子どもたち」仙台公演を観覧してきましたので鑑賞文。めっちゃ書くの遅くなってしまって残念。

前項に書いたんですが、とある役者さん目当てでわざわざ仙台まで行って、少し交流もあったんですが、今回は舞台の内容重視で書いていきます。友人と一泊して、25日の夜、26日の午前、午後と、全部で3回。出演者は、白組、白組、紅組で構成されてた。

休憩を間に挟んで、全部で2時間半だったっけか。ブザーの代わりに鐘の音が鳴っていたけど、あれはホールのものなのか舞台に関係するものなのか。「ソミソミ/レファミミ/レソミレ」だったと思う。トゥーファイブからの偽終止かと思ったらまさかの半終止で本編に繋がる。


あらすじ−−−−−−−−−−
・・・時は20世紀前半、ドイツの空の下。ヘンルィク・ゴールドシュミット・ヤヌシュ・コルチャックという初老の男がいた。彼は児童文学作家、小児科医、子どもによる雑誌の編集長、ラジオのパーソナリティ、そして孤児院「みなしごの家」「ぼくたちの家」の院長でもあった。著名人として多忙な日々を送る彼だが、暇を見つけては二つの孤児院を行き来して子どもと寝食を共にし、子どもと共に生きるということを何よりの幸福、そして最大の誇りとして生きていた。子どもの権利を尊重して裁判や自治を行わせたり、冬にはキリスト教のクリスマスとユダヤ教のハヌカを一緒に祝って人間にとって普遍的なものは何かについて語った。

1920年。ナチスが政権を執り、反民主・反共産・反ユダヤ主義が社会全体に広まり、ユダヤ人を非難する風潮が強まると、ユダヤ人であるコルチャックはラジオ、雑誌、ポーランド人の教育からも手を引くことを強要され、「ぼくたちの家」の院長を辞任する。生まれも育ちもポーランド、話す言葉もポーランド語であるにも関わらず、ユダヤであるという理由で。

1939年になると、ポーランド国内に居住するユダヤ人、コルチャックと「みなしごの家」の子どもたちは、2km四方を高い壁と有刺鉄線に囲まれたゲットーに強制収容され、腕にはダヴィデの星の腕章を付けることを強制された。極端に狭くて不衛生な地域で生活を管理され、飢えと寒さをしのぐのに精一杯な中でチフスと呼ばれる感染症が流行した。孤児院の教員は人々が道端の死体を石ころのように跨いで歩く光景に腐心するも、しなやかな子どもたちの明るさに救われながら寄付を募るために這いずり回って強く生きていく。

1942年7月22日、奇しくもコルチャックの誕生日に、政府は労働力にならない弱者から順に、ユダヤ人を一日6000人ずつ再び別の場所へ移送するという「大行動」の指示を出す。コルチャック達が移送される8月6日、200人の痩せた子どもの行進の先には、家畜用の汽車があった。乗り込もうかという時、政府が数々の功績を認めてコルチャックに下ろした特赦が届く。…しかし子どもたちも一緒にではないことが分かると、特赦状を地面に落とし、コルチャックは子どもたちと一緒に汽車に乗り込んだ。彼らの永遠の旅立ちが始まったのであった。
−−−−−−−−−−

脚本やパンフレットに即して書いてみましたが、あくまで粗筋。Wikipediaなどで調べるとさらに沢山の経歴、功績、関わった人々、逸話、心に響く言葉などが詳しく書かれてますので良ければ味わってください。正直、なぜもっと有名になっていないのか不思議なくらい、各方面での偉業があります。軍医の経験、小児科の開始、コルチャック賞、惑星コルチャック。

コルチャックは処刑される数日前まで日記を付けていたようなので、おそらく役名は全て実在した子どもの名前なのかな。「みなしごの家」の教員「ステファ」、「ぼくたちの家」の教員「マリーナ」は、それぞれ孤児院の共同創設者として実在するし、孤児院の卒業生で陰ながらホームへの寄付を続ける「イレーナ」という女性は、おそらく沢山の子どもをゲットーの外に逃したことで有名なイレーナ・センドラーか。

舞台は、コルチャックと子どもたちが汽車に乗っているラストシーンから始まる。ユダヤ教のハヌカの祭りの日の少女フリーダと兄ユゼフの会話を回想しながら。…つまり、途中の回想シーンを挟んだラストシーンを初っ端に持ってきたわけで、3回観てやっと理解できたわ。

続いてその少女、フリーダが初めてホームにやってくる日。この日もクリスマスとハヌカを祝う日だった。ヤコブの初セリフ「両方楽しめるんだ、いいだろ、僕はヤコブ!」孤児達が生活の中で自然にお互いを思いやっている。

また時間が少し遡って、コルチャック、ポーランドの孤児院「ぼくたちの家」辞任のシーン。事務局員も少し前まではコルチャック先生を自慢にしていたのに、世の中の情勢がユダヤ人にとって不利なものに変わってきたことで、突然態度を変えて辞任に追い込む。しかしただ世論に流されているわけではなくて、寄付を募って運営している孤児院だから、頑を張れば立ち行かなくなるという判断をもって、事務局としても苦渋の要求をしたわけだ。
マリーナは「先生との意見の違いはあって当然。むしろそれゆえに刺激的なアイデアが生まれるのだ」と強く反対するが、コルチャックは子どものことを第一に考え、要求を受ける。「ユダヤだから」という理由で重圧を受ける現状に対し、「人々は不満をどこかに集中させたいだけだ」と憤慨するマリーナに、紛れもなくポーランド人であると同時に紛れもなくユダヤ人だと公言するコルチャックは、自らの子ども時代に宗教差別された経験と世間への疑問を言い残して「ぼくたちの家」を後にする。

子どもたちの身体測定のシーン。13歳以下の男の子たちが裸んぼで走り回って歌う。「やってみたかったんだ、一日中裸んぼでいるの。だめ?」コルチャック「そうだなぁ……悪くない!・・・エヴァが詩を読み、アブラーシャがヴァイオリンを弾く。ゾフィアがそれに合わせて踊り、フリーダが歌う。人々はパンやミルクをくれるだろう。そうしてどこまでもどこまでも歩いていくんだ。」ヤコブ「どこまでもどこまでも歩いていくのかあ!」
違う脚本家の公演でも語られたこのフレーズと「太陽の光はいつだって」の歌で、子どもたちとコルチャックが自然の中で活き活きと幸せに生きる理想的な情景が描かれる。最も好きなシーン。

ヤコブ「なんで先生は『小さな瞳』の編集長を辞めちゃったの?ラジオも辞めちゃったし…」「それは…」「…ユダヤ人だから?」「いや違う違う、そろそろ若い人に任せようと思って!」「先生、髪はないけど、若いと思うよ!先生がみんなに話してる時の顔は子どもそのものだもん!あれは大人の目じゃない、純粋な少年の目だね!」「はっはっ、少年に言われるとはな!」「同じ少年でも、僕は先生ほど純粋じゃ、ないけどねっ!」「あぁ、そうかいっ」ヤコブは将来世界を変えるジャーナリストになるつもりだ。

ヤコブは「みなしごの家」のリーダー的存在。きっと舞台の外でも年上にも年下にもかなり信頼をおいていたんではないだろうか。紅は紅のヤコブ、白は白のヤコブが子どもたちのまとめ役だったのだろうとしみじみしていた。実際には孤児院は7歳から14歳という最もピチピチした時期の子たちがいたらしいが、舞台では4歳くらいの子もいた。舞台上で落ち着かない様子も、逆に子どもらしくてリアルだったように思う。セリフが無い部分も子どもたちは自由に演技しているのが好かった。

ある日、ケンカが発端になって子どもの裁判が始まる。コルチャックは、国連の「子どもの権利条約」の基になった思想の実践者で、子どもを大人の考えている以上にしなやかで強いものと考え、自治を行わせていた。裁判は形式を遵守して進み、「この件は重要な問題ですので、次回までに皆さんもよく考えておいてください」と閉廷された。性急過ぎる現代に参考にされたい。

ゲットーに収容される際に抗議して逮捕されたコルチャックだが、ホームの卒業生イレーナの用意した保釈金で帰ってくることができた。気遣う子どもたちに明るく話して聞かせる。「牢屋には泥棒のお頭も殺人者もいた。でもみんなお話が大好きだった。どんな人も昔はみんな子どもだったんだ!」星の王子さまなどでも言われるこの金言。全人類に当たり前の思想になる日はくるだろうか。子どもたちにはどう聞こえるのだろうか。

エドナが見当たらない。移住する際、この子はアーリア系の顔立ちだからバレないだろうと、ステファ先生がポーランド人の孤児院「ぼくたちの家」に引き取ってもらった。「じゃあ、はっきりユダヤだと分かる子どもはどうするんだ、私達がより分けるのか、この手で!そんなことできるか!」「子どもたちは私達と一緒にいるのがいいんだ。その方が子どもたちも安心できる。」…子どもたちの安全よりも安心を取るということか。難しいところ。

ワルシャワ・ゲットーの市長であり、ユダヤ人評議会議長のチェルニアクフに寄付を頼むコルチャック。実際口が達者だったかは知らないが、一言一句大変勉強になるので、憶えてるままに掲載させていただく。「寄付は十分していると思うが?」「あなたは特に子どもへの援助に努力を惜しまない。他の人ではこうはいかない」「あなたにそう思ってもらえるとは光栄です」「今光栄とおっしゃいましたね!そうです、子どものために何かをするということは、我々にとって共通の、義務であり責任であり幸せであり、光栄なことなのです。さすがよくわかってらっしゃるぅぅぅ(抱っ」「…も、もちろん子どもへの援助は惜しみなく。」「いやー良かったあなたが寄付を無碍に断るような冷徹な卑劣な人ではなくて、では現金にしますか、それとも、現物で?」「現金で…。」「慎み深いですなー!遠慮なさらずに」「じゃあ…3000」「なんのなんの、もっと堂々となされば良い!もう一声いきましょう」「…分かった、5000だ!」「あなたがこれからも、継続的にこの幸せを味わえますように。私達はいつも必要としています。現金でも、現物でも、日用品でも、あらゆるものが役に立ちます。…いつも、ありがとう。」

自分の宝石を売り払ってこっそりとホームへの寄付を続けるイレーナは、孤児院での生活を振り返る。卒業してから気づいたが、いつもみんながいて、一緒に食べて寝て笑って…先生がいるホームでの生活は宝物だった。だから、汚れてしまった自分はもう帰れない。子ども時代の大切さを理解し、自らを抑え、身を削っても守ろうとする大人の一人。

財産の尽きたイレーナは、とうとう自らが歌手として働く酒場にコルチャック先生を招く。そこには貧困に苦しむゲットーの中で、闇の商売で一財産築いた男たちが毎晩ウサを晴らしにやってきていた。驚くドクター・コルチャックに代わって店主が巧みな話術で男達に寄付を募る。中でもゲットー一の金持ち、ガンツヴァイクとコルチャックとの対話に重大な思想が詰まっている。「言わせたい奴には言わせておけばいい所詮負け犬の遠吠えだ」「役に立たないクズは死ねばいい。これは淘汰だ、しょうがない。そうでしょ先生」「子どもたちを救えるのはこのガンツヴァイクだ。カネでできることがあれば何でも言ってくれ」コルチャックの対極であるガンツヴァイクだが、決して悪者ではない。力を持って強く生きようとしている。

コルチャックをゲットーの外に出そうと周りは躍起だが、本人は聞く耳を持たない。「(私だけ特別ではなく、)誰もが一人しかいない、誰もが生きなければならない。」なぜステファはわざわざ一旦出ていたこのホームに危険を冒して戻ってきたのか。他にもゲットーに入りたいと言っていた教員もいた。こんな時だからこそ、大人は子どもたちと一緒にいたい。大人が子どもと一緒にいたいのだ。子どもは底知れない気力や神秘を持っている。このことを知って生活の一部とする大人は残念ながらあまり多くない。子どもの力で世界は変わる。

卒業生で教員のエステルは、コルチャックが死にゆくみなしごを題材としたタゴールの「郵便局」の劇を子どもたちに練習させていることに腐心して、なぜ死への準備をするのかとステファに問い詰める。「死はいつかは必ず、誰にでも訪れるものなの。だから、せめてその時を尊厳をもって受け入れたい。生きることを諦めているのではなく、これは生き方の問題なの。何のためにあんなにボロボロになって寄付を集めてると思うの…生きるためよ!生きるための闘いなの。」若い大人であるエステルが理解して受け入れるのは難しい話だろう。死への観念は特に幼少期、環境によって非常に大きく変わるだろう。コルチャックは子どもたちに死と正面から向き合わせることを選んだ。

皆で迎える最後のハヌカ。祭りの最終日はホワイトハヌカとなった。食料も無く侘しいが、子どもたちは歌を歌って祈りを捧げ、コルチャックは世界の異なった人種や宗教の違いを認め合うことを説く。劇中何度も歌われる「ホームのうた」は、小さくて明るい子どもの歌のようだが、歌声は力強く、しかし陰を隠しきれない。子どもたちの魂の叫びは、辛辣なまでのメッセージを持っている。「ぼくたちの家」の住人も身を隠してやってきて、緊張の中での最後のクリスマスとハヌカの祭りは終わる。

1942年、強制移送の緊急指令が下されたが、ユダヤ評議員のチェルニアクフは頑としてサインをしない。ドイツ軍の無理な要求に耐えてきたことを酌んで子どもだけはと懇願するも、要求に協力するのは当然の義務だと一蹴され、それまでの努力が無駄だったことや自らの無力さを嘆き、用意していた薬で自害する。わざわざゲットーに残って人質を取られてまで人々に尽くした彼だが、考える最善の策として無理な要求を飲み、逆に市民からは無力だと罵られるようになって、正に哀れな板挟みだった。

最もドイツ的な役としてラストシーンまで登場するベルガー中尉。行いこそ非道に徹しているものの、忠実に自分における立場や正義を貫くだけでなく、決して暴力による解決に終始しようとせず、他人を思いやる常人の心すら見え隠れする描かれ方だった。終始一貫して、様々な個性で様々な立場の人の心理が巧みに表現された作品だった。その人間が複雑にぶつかり合った結果、世界大戦が起こり、望みもしないのにお互いを滅ぼし合った。簡単な話で済むわけがないのは当然だ。

「私は君たちに神を与えることはできない。私は君たちに祖国を与えることはできない。私は君たちに人間の愛を与えることはできない。自分の中に見出し、選び取り、学び取っていくものだからだ。だが、唯一つ、私が君たちに与えられるものがある。それは憧れだ。未来を生きようとする希望が、君たちを神へ、祖国へ、愛へと導くだろう。」

歌いながら客席を縦断して行進。

「永い旅になるかも知れない。でも僕たちならできる。・・・エヴァが詩を読み、アブラーシャがヴァイオリンを弾く。ゾフィアがそれに合わせて踊り、フリーダが歌う。人々はパンやミルクをくれるだろう。そうしてどこまでもどこまでも歩いていくんだ。」ヤコブ「どこまでもどこまでも、歩いていくんだね!」「太陽に向かって、どこまでもどこまでも、歩いていくんだ…!」




思い出してもまだ泣ける。かいつまんだつもりが感想が長くなりました。そもそもこんなに記憶に残っているのは、3回観たとはいえ驚いた。芸術というものは、一つの作品に沢山の思想が描かれているのだと知った。しかしバラバラではなくて、多方面から見ることでそれぞれの生き方がよりありありと描かれる。脚本も演技も本当に素晴らしかった。

3度目になっても、お母さん方と一緒に泣いた。子どもの成長、素直で明るく強い生き方、殺されゆく運命、子どもと最期まで共に生きようとする姿勢。子どもを育てる親なら楽しいことも辛いこともいろいろあっただろうしこれからもあるだろうけど、この美しい心のあり方を描いた舞台に立ち、友と一緒に号泣する子どもの姿を見て、ただの演劇ではなくて、今ここに彼らの成長がある奇跡を感じて、どこまでも大切な人への想いを裏切らずに生きていこうと思えたのではないだろうか。強く育った子どもをもっと尊重して、小さな世界に落ち着かせてはいけないと思えたのではないか。自分は親でも何でもないのになんで泣いてんだ。


・・・・・・
「コルチャック 子どもの権利条約」「コルチャック先生のおはなし マチウス1世」「もう一度子どもになれたら」「子どものための美しい国」
以上の書籍を取り寄せてしまった。ぼく本なんかまるで読まないのに。ましてや小説など。でも知らないわけにはいかない。
永い旅になるかも知れない。でも僕たちならできる★☆★



57 向陽紀行「コルチャック先生と子どもたち」

2012年8月30日(木) 猛暑残暑

2012年8月25日、26日に行われた、劇団ひまわり創立60周年記念公演「コルチャック先生と子どもたち」仙台公演を観覧してきました。今回は紀行文ですね。めっちゃ書くの遅くなってしまって残念。

舞台そのものの感想などを次項に回しました。今回はもっと偏った記事です。

ブログではあまり多く触れてこなかったが、僕が今現在この世で最も尊敬し、愛でることやんごとない人物である、小川向陽という齢十三の子役がいる。2009年春に開設したばかりの劇団ひまわり仙台エクステンションに所属するが早いか、2010年春からは本人も憧れのテレビ番組であるNHKEテレ「天才てれびくんMAX」のレギュラー出演を果たす。番組の全収録終了の直後、2011年3月11日木曜日、地元仙台にて東日本大震災に遭遇し、以後被災者である自ら被災地を元気付けるために走り回る。2012年春に地元の中学校に入学、BS-TBS「ニュース少年探偵団」などに出演中。同年7月に本格始動したブログ『i-KOYO』では明るい日常を赤裸々に綴っている。

彼がオーディションに合格して出演した舞台「コルチャック先生と子どもたち」は、劇団ひまわりが東京や名古屋など全国でオーディションを行なって2011年夏に公演したのですが、震災の影響で仙台公演だけが1年先送りになったというわけです。

つまり僕は、小川向陽くん見たさに宮城県は仙台市まで慣れない新幹線に乗っていき、卒業旅行以来で遠隔地での外泊をしてきたのだ。話題にしている小川さん本人とは対極に位置するくらい内向きに育てられたもので、何十回となく仙台駅と東京駅とを往来する彼にこんなこと知られたとあっては、ちょっと前まで2倍近くの年齢だった先輩としてあなはずかと言わざるを得ない。
旅にリンゴを携帯する21世紀。
それも、同行した知り合いに宿泊先まで全て任せて行ったんだ。今年の1月、初めて僕が向陽くんに会うきっかけを作ってくれた同業者、つまり向陽くんありきの友人なのだが。まぁ子どもの頃は普遍性を感じなくて社会科に全く関心の無かった僕も、二十も過ぎれば見えるものも変わってきて、旅行というものに漸く面白さを感じるようになりました。

向陽くん見たさに、とは言ったけれども、実は旅行への憧れが強まっていたのも大きな理由だった。それも、他でもない東北に。今でこそ優秀なファンである可能性を自負する僕ですが、実は向陽くんの存在を知ったのは番組終了も間近、3月になって学校が落ち着いた頃何気無く点けていたテレビからでした。元々その番組には否定的だった僕が、ただの一瞬でその美しさに囚われ、一週間の間に先輩ファンの間でも知られていない情報を多数収集していた矢先、かの大地震が起こった。愚かな僕はこれを、彼の「東北、宮城を盛り上げたい」という常なる言に関連の一端があると今でも信じ込んでいる。実際、一時は世間から心配ばかりされていた東北地方だが、時間が経過するにつれてその想いは愛着へと移行していったではないか。今では東北と聞けば身近で愛するべきものだと皆が思っているかのように感じるのは私だけではないはずだ。僕が彼に飛びついた時節を考えても、少年の強い想いが地球を揺るがしたのではないかと…謹みもなく考えている。
仙台駅前。向陽御用達の仙台七夕やジャズフェスのポスターもあるぅ。
さて、2日目の公演を観覧する予定で前日の25日に現地仙台に着いて世にも美味なずんだシェイク飲んだんですが、その日は特に予定も無く、初日の舞台を終えた向陽くんに会えるかも知れないと会場の下見に行くと、驚いたことに今から公演が始まるという。2日目とは時間が違っていた。予定外の3000円をケチる僕ではない。中に入る。

成人男性二人きりの長旅から休み無しで人生初の舞台観覧、それも我らが神の起こす奇跡を至近距離で目の当たりにするという世界中の一大事が突然やってきたわけで、気持ちの整理がつかない観客などお構い無しに悲しい悲しい現実の物語は、幕を開いた。

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舞台の内容については次項をどうぞ
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終わるや否や友人に握手されて「やったね!」の一言。序盤の向陽さんがパンツいっちょで走り回るシーンからの裸サスペンダーシーンに興奮したんですね、分かります!しかもズボンはけずにずっと抑えてたり、舞台脇の猛烈な着替えが間に合わずに上着の前が開いたままでしたからね!僕はアイヌ語で「〜という子を特に愛する」という意味の動詞「コヨマッパ」を気に入ってよく使うんですけどこれは何の関係も無い話。

向陽くんの役はヤコブという名の少年で、ユダヤ人の孤児院「みなしごの家」のリーダー的存在。子どもが出る場面では非常に重要な役どころ。演技が覚束ない子が多い中、舞台上で懸命に雰囲気を保とうと周りの子たちに促していた。妹のお兄ちゃんということもあって、「役」をもらうことでイキイキするタイプなんだろうと思う。
ここの二階に楽楽楽ホール。一階は太白区図書館など。
僕は当初、数百人しか入れないと聞いてて、出演者の両親が入ったら四分の一以上埋まっちゃうと焦ってた。実際小さなホールで、ご両親はいっぱいいて、全席自由だった。でもけっこう空いてた。どうやら一般向けというよりは、ご父兄向けの発表会という雰囲気だったようだ。親族、友人の他にはたぶん我々2人しかいなかっただろう。至近距離いいじゃない。
物販のおばちゃんから、全然売れてないっぽいTシャツを購入。いろいろ話し込んで仲良くなろうというところをなかなか問屋が卸さなくて半端になったけども、ここだけはと粘って本来の予定であった向陽くんの出待ち。さすが大物だけあってやや遅かったけど現れた。もちろん保護者同伴で。ちょっとキョトンとされたけど、嫌な顔はされなくて良かったです。端折って言えば、労って褒めて印象づけてアピールしてスキンシップしてまた会おうって言って別れた。僕はあんまりサインを好まないのでねだってない。御手手はすんごいあったかかった。友人は僕と向陽くんのやりとりだけで満足できるそうで、離れて見ていた。向陽くんは先輩方に大きく挨拶したり友達と写真とったりしてたー。

仙台の夜は全然涼しくなんかない。仙台駅の牛タン通りにある善治郎で夕飯をいただき、お腹いっぱい胸いっぱいで20分くらい歩いてホテルイン。24時間テレビみたいのやってたけど東北の放送ちょっと見て寝た。深夜に地震が起きて自分も起きると、ブログをマスターが更新してた。さっそくさっきの写真ー。

翌朝26日、ホテルで仙台のおいしいものいっぱい食べて、憧れの河北新聞も買って、南仙台などへ赴いて散歩し、午前の公演を観覧しにいった。向陽くんは白組のキャストだから、午前のに出ないならもうちょっと散歩してもいいんでないかと打ち出したけど、お金も払ってあるし観にいくことに。。。始まってビックリ、向陽さん出てるじゃないですか。任せっきりでよく調べもしないで訊きもしないで紅組だと信じ込んでた。これならもっと前の席にすれば好かったよ。昨日の公演時間といい、他力本願過ぎたのを反省した。
南仙台。穏やかで長閑で親近感あり過ぎ。

二度目の公演を観終わって感動冷めやらぬまま、更なるご家族さんにご挨拶。物販のおばちゃんにもご挨拶。誰のファンなの?て訊かれたので小川君ですと言うと、息子さんと向陽さんの写ってる写真をその場で見せてくれたです。震災で大変だったときのお話も伺いました。僕は初めて被災者の方から直接お話を聴きましたが、明るく振舞っていても深い傷は残っているみたいです。当然と言えば当然ですが、無力な自分を変えたいと思いました。

で子どもたちは舞台上で既に大泣きしてたので、ここで会ったらマズいと思ってご家族にもう一度挨拶してから去ろうと一人で行くと、「あ、今向陽が」「いーんですいーんです!」「天てれ時代のサイン入りのハガキを」「いやいーんで…いーんですか!!?」「今日も観にくるって聞いてたので〜。」期せずして再会し、サインなどいただいちゃいまして友人も握手などしてもらっちゃいまして。前日出待ちして良かった。無言で去らずに良かった。向陽くんの目も潤んでたけどみんなをなだめてたって言ってた。むしろ泣いてよいのだよw

でその辺で御飯食べて、歩き回って旅の写真を現像し、花束買う時間無くなって、3度目の公演、しかも今度こそ向陽くんの出ない公演を観覧。こんな経験は後にも先にもなかなか無かろう。観てみると、それぞれ違いがあって面白かった。。が、どうやら白組の子もチロッとだけ出るみたいで、彼も歌の場面にチョロッと現れた。眼を擦ってた。

3度目、しかも向陽くんの出番の少ない公演にも関わらず、お母さん方と一緒に泣いた。友人は昼間の向陽さんとの握手をリピートして2時間過ごしたらしいけど、事前に映画まで見てきたならしょうがない、セリフメモりは名案かも。単純に感動したので劇中歌のCD買っちゃったりして、新幹線の時間も近いので軽く挨拶して早々に去ろうかと思っていたけど、今度は友人の方が出待ちをと言うので予定の電車を遅らせて待ってたんだけど祝杯を上げているのか暫く来ず、閉め出されて時間も無くなって待ちぼうけしてるとこを見られただけで半端に帰宅。いろいろ言いたいことあったのになぁ…不燃。

基本的にスタッフは保護者の方が担っているようで、物販のおばちゃんの息子さんもテレビ出てるって言ってたけど事務所には入ってないとか。覚え違いでなければたぶん相原賢くん…と思って検索してみると、向陽さんも出演していた河北新報社の震災ドラマの出演者リストが出てきた。間違いでないといいんだが…しかし事務所にいないんじゃお礼のお便りも送れないなぁ。あぁぁ。

帰りの車内は辛かった。向陽殿との別れもだけど、むしろそれまで彼一人の人生に祈りを捧げていた私は今や、世界中の子どもや被災地のことや自分がどうしていこうかということばかり考えざるを得ない心境だったので大した痛みではなかった。実際、数日間は舞台を思い出したらいつでもどこでも泣ける情態だったし、CDも怖くてまだ5回と聴いてない。東北本線の発車メロディが、前日テレビで聴いた菅野よう子作曲の復興支援ソング「花は咲く」だったことに気づいた。
「ぼくも先生のような教育者になります。一緒にがんばりましょう。」

前回会った時は状況的に話しかけただけで水準高かったけど焦り過ぎたという反省があったが、そこはいろんな人と気持ち好く会話することを日々練習してきた成果が出た。また、周囲の人にも積極性を持たせるという目的も果たした。その上で、両方の守りたい正義がぶつかった時どうするか、これは今回実際にぶつかった問題であり、あまり学べなかった問題だ。

もう一つだけ。お友達やご家族と仲良くなるという目的をある程度果たした。実は今回まで、どこに行くにも一緒かと思われる向陽くんの保護者様においてごく一抹ながら心配があったのだが、実際お会いしてやはり全くの杞憂であったことを小さな大きな人々にご報告。

期せずして間髪を入れず再び宮城の沿岸部に行ったのは別の話★☆★